90年代の起業家達について1996年に書かれた本
孫正義の大学時代の発明の具体例
声の出る腕時計は、どうだろう。『おい、起きないと、大変だぞ!』とか、『四時だぞ、約束の電話をしなくては!』とか・・・・・・彼は、さっそく発明ノートに書きこんだ。 <スピーチシンセサイザーで、マイクロコンピュータをつけてつくればいい。ただし、少しぶ厚くなる。コストも、高くつく))
自動車の運転席の前に設置した画面に、地図が映る。ポタンを押して行く先を指定すると、現在地に赤いランプが点くという発明も考えた。
万年筆とボールペンのそれぞれの特性を組み合わせ、ノックしなくても、芯の色を変えられる三色ボールペンのアイデアも考えた。
孫は、一日一つ、一年間で三百六十五もの発明品をつくるつもりであったが、さすがにそこまでは不可能であった。が、二百五十は発明した。
孫正義の事業選定
やるからには、その世界で、絶対に日本一になってみせる!が、どの業界でも、日本一になるのは、半端ではできない、なみの競争率ではない。一所懸命考え、何十年ものノウハウを生かして、少しずつ固定客を増やしてのびてきたのである。それを一気に追いぬくのは、容易ではない。
しかも、一歩その業界に足を踏み入れたら、中途では逃げたくはなかった。幼いときからの負けず嫌いの性格からして嫌であった。
問題は、どの土を選ぶかだ。一度選んだら、これから、何十年も戦わねばならないのだ。
その土選びのためなら、一年かけても二年かけてもいい
孫は、土を選ぶための条件を、まずノートに書き出してみた。
<儲かる>
<ビジネスに、やりがいがある>
<構造的に、業界がのびていく>
<資本がそれほどなくていい>
<若くてもできる>
<将来の企業グループの中核になる>
<自分自身やりがいを感じる>
<ユニークである>
<日本一になりうる>
彼は、目をつけた四十もの業界を、徹底的に調べた。バイオテクノロジーや光通信、ハードウェアの販売•••・と新しい分野に目をつけた。
1年半後、しらみ潰しに調べた結果、パソコンソフト流通を手がけることに決めた。
<日本全国に、パソコンソフトの製作会社は、五十社ある。ソフトの小売店は、一千店を超える。それなのに、メーカーと小売店を仲介する本格的な卸業者は、まだ日本にない。これは、いけるぞ・・・・・・>
ソフトの卸売業とPC雑誌業の攻め方の違い
<「日本ソフトバンク」の戦いは、ライバルがいなかったから、強者の戦いであった。難のがまえで、敵兵を中に取りこむかまえで、一気に攻めればよかった。今度の戦いは、すでに強力なライバルがある。弱者の戦いだ>戦略を練った結果、群戦で勝負することにした。
<こちらは、出版に関しては、兵力が少ない。相手と同じ鶴翼のかまえで挑むと、負けるに決まっている。こちらは、兵力を絞って攻撃しよう>敵を、徹底的に調べた。
敵は、パソコン総合誌として位置づけている。つまり、老いも若きも、さらに機種も、NECから富士通まで一冊の中で扱っている。
孫は、機種を限定し、この一冊は、まるごとNECの記事、別の一冊は、まるごとシャープの記事というつくり方をすることにした。
<限られた範囲で、確実に、こちらが一番になれる!まず局地戦で勝ちをおさめ、やがて、全体で勝ちをおさめていこう・・・・・・>
孫正義の徹底したデータドリブン×インセンティブ経営
孫は、決断した。
<流通は、毎日が勝負だ。月次決算を見ても、一ヵ月前の数字でなんの役にも立たない。その日その日で決算をしたほうが、なにかと役に立つにちがいない>月次決算を実行に移すのも大変な作業なのに、さらに日次決算をつくる作業にとりかかった。
試行錯誤を何百回と繰り返しながら、ついに経営の革命ともいうべき、日次決算のソフトをつくりあげた。
まず、社員ひとりあたり約三台割り当てられているパソコン網で、日々の売り上げなどをはじめとしたデータを集める。
これにくわえて、担当者が一日に一度特別なデータを入力しさえすれば、会社全体の日次決算のための作業は終わる。
コンピュータに入力したデータは、さらにひとめでわかるようにグラフ化することにした。
数字だけでは、何が特徴か、あるいは何が重要か、見えてこない。グラフにしてこそ、ひと目で理解できるのだ。
- データドリブン経営を実現した門外不出の社内システム
わが社は、五万種類にもおよぶソフトを販売している。しかし、このノウハウの詰まったりフトだけは、売らないぞ> が、このシステムが動くには、三つの条件が必要である。
①業績や損益を、ひとりひとりがいつでも見えるようにすること。
②行動を起こす権限をもたせること。
③行動を起こした結果としての報酬を、多く出すこと。
この三つが連動してはじめて、回転する。
- 孫正義の「千本ノック」
孫子の兵法にあるごとく『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』だ>多くの企業が、己を十分に知っていない。まず己について、もう少し徹底的に分析すべきだ。
孫は、なんと、千種類もの指標をグラフ化することにした。
<ふつうの企業でも、五十や百はつくっているかもしれない。しかし、五十や百では、本当に分析したことにはならない。千個やってみてはじめて、どこに問題があり、どこを直すかがわかる>
粗利に対する広告の利益の割合をはじめ、さまざまなデータをグラフ化したものを過去五年分入力した。それらのグラフをつき合わせて見るだけで、今度の予算は、このへんにしたいといったことが判断できる。
経営幹部は、この「孫の千本ノック」で瞬時に経営内容をつかみ、己を知ることができる。
孫は、「日本ソフトバンク」を興したとき、経営には、飛行機でいうと、有視界飛行、つまり焼織構を握ってセスナのような飛行機を飛ばすのもあれば、ジャンボジェットのように二、三百個計器があって、計器飛行するものもある、とおもった。さらに、スペースシャトルのような超計器飛行、地上にも何人ものスタッフがいて、二、三年かけて計算して飛ぶ方法もある。
その三つの飛行の形態があれば、自分が一番得意としているし、一番やりたい形態は、超計器飛行だ。スペースシャトル型だ、とおもった。
創業まもないころは、しかたがないから、みずからアクロバット飛行もおこなった。
しかし、本来自分の力が一番発揮できて、一番よろこびを感じてダイナミズムを感じるのは、超計器飛行だ。
したがって、十億円のときよりは、百億円規模の会社の方が、自分にとってより快適な飛行ができる。百億よりは、一千億、一千億よりは、一兆円の方が、本来の自分の目指すもの、スタイルに合っている、とおもっていた。
孫は、いまや、業務の仕組みの改善の「一万本ノック」というシステムも実行している。 業務上のアイテム(品目)をいかに変えて、利益をあげる方向にもっていくか。テーマの洗い出しと改善を、一万本もおこなっているのである。
それぞれのテーマに、担当責任者を決める。いつまでにという期限をきって、だれがやるかを決める。
責任者は、部下に項目をふりわける。
責任者や部下たちは、週間単位で年間のスケジュールを組む。
それもまた、千本ノックとおなじようにパソコンに入力され、だれがいつまでになにをどうするという計画がひとめでわかる。
たとえば、在庫が多いという問題があったとする。一カ月分あった在庫を〇・ハカ月分にするにはどうすればいいか。
大項目である「在庫の削減」という課題を、•・八カ月分まで削減するという中項目の課題にまでおろす。それから、そのために仕入れ、納品、倉庫、運送、返品といった流通ルートをひとつひとつ細かく切って、担当者から振り分けられたひとたちが方法論を検討していく。
問題が、納品のスピードにあるということがわかると、そのシステムを変えるようにする。
これまでは電話とファックスで発注していた。それを電子メールにすれば、より確実に素早く伝達ができる。そのためには、取引先との約束ごとで、電子メールを正式な発注書とする取り決めがおこなわれなければならない。
すべてクリアして、はじめて改善が実行に移される。
責任者たちは、改善計画がどのようにおこなわれたかを自己採点する。それを、役員たちの前で報告する。役員たちは、それに対してさらに点数をつける。
本人の点数と本人の報告と、まわりのみんなの点数が総合計となる。 孫も、いっしょにくわわって点数をつける。孫は、社長であるため、彼のつけた点数は、その二倍に数えられる。
総合計の多いものは、その点数にあわせて報酬をもらえる
孫は、どんなアイデアが出てくるか、楽しんでさえいる。そのことが、会社の活性化にもつ ながる。
ほかの会社ではほとんどの場合、社長が担当役員に命じる。
「在庫を、なんとしてでも減らせ」
担当役員は、「努力します」といったようなことをいう。それで終わってしまう。
いくら口を酸っぱくしていっても、システムを改善することが、自分に跳ね返ってこないかぎり、つづかない。精神論の域を出ない。
ひとの評価方法も、社長が鉛筆を舐めながら、ひとりで採点する。
<あの役員は、眼が光っている>数字ではあらわせない心情的なもので判断している。
孫は、おもっている。
<従来の大企業は、会社全体としてはわかるが、自分の部門が利益があがっているかどうかが、まずわからない。なんかの拍子で見えたとしても、自分が変える権限をもっていない。たとえ変えられたとしても、自分にはなにも報酬がもどってこない。やる気を削ぐような組織立てになっている。それでは、利益があがるものもあがりはしない>
デジタル情報革命の大きさ
人類は、これまで三つの革命を経験してきた。一回目が農業革命、二回目が産業革命、三回目がデジタル情報革命である。 これまで産業界のスーパースターは、自動車会社フォード社のヘンリー・フォード、金融王のロックフェラー、日本ではホンダ技研工業の創立者である本田宗一郎や、松下電器の創設者松下幸之助だった。しかし、このひとたちは、あくまでも産業革命世代なのである。
極端にいえば、より速く走る、より力を出すといった人間の筋肉を延長させた機械をつくったにすぎなかった。
ところが、いまや世界が突入しているデジタル情報革命は、脳細胞の働きを一千万倍も一億倍も速くする。頭は、人類のもって生まれた機能、特徴のなかでいちばん重要な部分である。
1996年の時点でパーソナライズ広告を読んでいた
将来的には、各家庭に光ファイバーが張り巡らされ、動く映像などの情報が一瞬のうちに送れるようになる。ソフトウェアも回線を通じて楽にやりとりができるようになる。画像をふくんだ出版物も、もちろんできる。広告媒体もこれまでのようなメディアだけでなく、より壮大で効果的になっていく。
孫は、そんな時代を前にして、「広告」という概念に対して「個告」という概念を考えている。広告は、不特定多数のひとに広く向ける。しかし、個告は、どこのだれが、いまなにを必要としているかを判断し、個別の人に、的確な情報を届ける。
個告の概念をうまくつかえば、いままで研究開発費の二倍以上かかっていた宣伝費がはぶけるようにさえなる。
自身の資産を常に分析し、リスクの幅を決める
孫は、自分の持ち株の分析による個人資産がいくらになるかも、パソコンに打ち込んでいる。
いまのところ、四百数億円。日本の長者番付では、ほぼ四番に入っている。 「そのうち、一番になる」
日本では、自分を誇ることを美徳とはしない。が、孫は、持ち株比率は経営者にとって、ひとつの成績表だとおもっている。
自分の持ち株比率を減らして業績をあげることは、だれにでもできる。いかに持ち株比率を減らさずに、攻めていけるか。
それができれば、会社の業績も伸びたぶんだけ、自分のスコアもあがる。持ち株比率が多ければ多いほど、つぎの軍資金があるということなのである。つぎの攻めにも出ることができる。
そういう意味で、孫は、自分のスコアを十年先までシミュレーションしている。
シミュレーションをつくって、持株比率の三割までなら切っても立ち直れる。しかし、七割まで切らざるをえなくなると倒れる。どこまで切れば、一度失敗すると駄目なのか、という見極めができる。
孫は、経営のポイントについて、こう考えている。
科学的なひとは多い。しかし、科学的なひとは、リスクテーキング(危険を冒すこと)ができないひとが多い。リスクテーキングができて、なおかつリスクの間合いの瀬踏みをする。経営のポイントは、そこにある