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64/ Effectuation

サラス・サラスバシー教授が提唱した新規事業を作る上での考え方についての本

サラス・サラスバシー教授が提唱した新規事業を作る上での考え方についての本

エフェクチュエーションとは

既知の市場に対する新規事業の作り方: コーゼーション

コーゼーションのプロセス

コーゼーションでは、スタート時点で具体的な目的、ターゲットとする市場機会が特定されている必要があります。

その上で、顧客のニーズ、競合企業や製品について分析するためにリサーチが実施され、期待リターンを予測、できるだけ正しい戦略計画を策定します。

コーゼーションが有効であるのは、企業にとって当初から目的が明確であり、また環境が分析に基づいて予測可能な場合に限られることには注意が必要です。

一方で、従来存在しなかった事業や市場が新たに創造されるような場合には、着手する時点で目的と機会が明確に見えているとは限りません。 また限られた資源しか持たない起業家にとっては、仮に明確な目的が見えていても、資源を調達できない限り機会は実現できないことになります。 つまり、環境の不確実性が高い場合や活用できる資源に制約がある場合に、コーゼーションのアプローチではすぐに行き詰ってしまうのです。

未知の市場に対する新規事業の作り方: エフェクチュエーション

エフェクチュエーションのプロセス

いまだ存在しない市場のように、コーゼーションではアプローチできない高い不確実性に対して、調査対象者の熟達した起業家はどのような意思決定を行っていたのでしょうか。 彼らが不確実性に対処するうえで用いる意思決定の論理は、目的ではなく一組の手段を所与とし、それを活用して生み出すことのできる効果(effect) を重視するという特徴があったことから、「エフェクチュエーション(effectuation:実効理論)」と名付けられました。

まず、熟達した起業家には、最初から市場機会や明確な目的が見えなくとも、彼がすでに持っている「手持ちの手段(資源)」を活用することで、「何ができるか」というアイデアを発想する、という意思決定のパターンが見られました。

このように「目的主導(goal-driven)」ではなく「手段主導(means-driven)」で何ができるかを発想し着手する思考様式は、「手中の鳥(bird-in-hand) の原則」と呼ばれます。

次に、「何ができるか」のアイデアを実行に移す段階では、期待できるリターンの大きさ(期待利益)ではなく、逆にうまくいかなかった場合のダウンサイドのリスクを考慮して、その際に起きうる損失が許容できるかという基準でコミットメントが行われます。 これは「許容可能な損失(affordable loss) の原則」と呼ばれます。

これらの考え方を用いて熟達した起業家は結果が全く不確実であったとしても「何ができるか」についての具体的なアイデアを生み出し、行動に移すことが可能になります。

コーゼーションの発想であれば、事前に誰が顧客で誰が競合かを識別し、市場の機会や脅威を予測しようとしますが、エフェクチュエーションの発想で行動する熟達した起業家は、むしろコミットメントを提供してくれる可能性のある、あらゆるステークホルダーとパートナーシップの構築を模索する傾向がありました。これは、「クレイジーキルト(crazy-quilt) の原則」と呼ばれます。

パートナーのコミットメントが獲得されると、起業家の活動には、参画したパートナーがもたらす「新たな手段」が加わるため、プロセスの出発点であった「手持ちの手段(資源)」が拡張され、もう一度パートナーとともに「何ができるか」を問うことになります。

エフェクチュエーションの効果

あなたがチャレンジしたいけれども踏み出せていないことや、「できない」と感じて諦めている何かを、思い起こしてみてください。 その際に「できない」と感じている理由には、たとえば、次のようなものが含まれるのではないでしょうか。

もしかしたらあなたは、何かを始めたいと思うが、何をすればよいかわからないのかもしれません。 また、すべき事ややりたい事は見えていたとしても、失敗を考えて躊躇してしまう、という状況もあるでしょう。 とはいえ、思い切ってチャレンジしてみたところで、まったく思った通りに進まないかもしれません。 さらには、自分自身の成し遂げる能力やアイデアにそもそも自信がない、と考えて諦めている方もいるかもしれません。

エフェクチュエーションの論理は、こうした不確実な新しいチャレンジに取り組む際に直面する問題に対して、大きく見方を転換してくれるものだと考えています。 たとえば、「何をすればよいかわからない」という目的が曖昧な状況があったとしても、「手中の鳥」と呼ばれる手段主導で着手する原則を活用することで、「ゴールが明確でなくとも、手持ちの手段に基づいて、まず一歩を踏み出すことはできる」と考えることができます。 また、「失敗を考えて躊躇してしまう」状況に対しては、「許容可能な損失の原則」に基づくことで、「うまくいくかどうかを心配するかわりに、もし失敗しても問題ないくらいにリスクを最小化して取り組めばよい」と発想することができます。 「思った通りに進まない」現状も、「レモネードの原則」で発想することで、「障害自体を活用することで、偶然を組み込んだ創造的なアイデアを生み出すことができないか?」と、予期せぬ事態を前向きに活用する視点を持つことができるでしょう。 「自分のアイデアや能力に自信を持てない」という状況でも、「クレイジーキルトの原則」を理解することで、自分の手持ちの手段(アイデアや能力、資源など)の価値というのは自分だけでは決められないのだから、「そのアイデアが優れたものかどうかは、パートナーを獲得する行動を起こすまではわからない」と考えることができるでしょう。

そして、「何らかの機会(チャンス)さえつかめれば成功できるのに、自分はまだその機会を発見できていないだけだ」と考えている方も、いるかもしれません。そのために、まずはさまざまな情報を収集して、最適な選択肢を見つけようと考えているかもしれません。 しかし、エフェクチュエーションの発想では、機会はどこかで発見されるのを待っているようなものではなく、むしろ、起業家自身の行動を通じて創出されるものである、と考えるのです。

1. 手中の鳥の原則

  • アクセス可能な手持ちの手段でできることから始める
    • 自身の経験やスキルはもちろん、価値観、利用できるツールやサービス、知り合い、社会の中で利活用されていないリソースなども手持ちの手段と考える

**起業家自身が個人的に活用できる「私は誰か」・「何を知っているか」・「誰を知っているか」という手持ちの手段(資源)**に加えて、組織や社会のなかに存在する「余剰資源(Slack)」を活用することも有効です。

手持ちの手段(資源) と余剰資源の共通点は、それを起業家がすぐに利用できることであり、十分に活かされていない既存の資源を使って、「何か新しい行動が生み出せないか?」「別の新しいものを作れないか?」を考えるための原料にできることです。

  • 目的ではなく手段から始めるメリットは「起業家が今すぐ行動を起こせる」こと

  • 自己理解の重要性

経営思想家のピーター・ドラッカーは、「自分は何によって覚えられたいのか」を問うことの重要性を語っています。

「私が13歳のとき、宗教の先生が『何によって憶えられたいかね』と聞いた。誰も答えられなかった。 すると、『答えられると思って聞いたわけではない。でも 50になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ』といった。」 ここで、「自分は何によって覚えられたいのか」というのは、いま自分が何をなすべきかに関する問いであり、自己刷新を促すための具体的な行動を導くものである、とドラッカーは説明しています。

  • スタートする時点でアイデアが有望かどうかを確信できている必要はない

手持ちの手段(資源) からアイデアを発想するときに重要な点として、そのアイデアが優れたものであるかどうかを、その時点で確信できている必要は必ずしもないことを確認しておきたい

  • 自分がワクワクできるかでアイデアの良し悪しを判断する

結果が保証されていなくとも、あなた自身がそれに取り組むことに意味を見出せるのか、行動をすること自体にワクワクすることができるのか、という基準で、アイデアの良し悪しを考える必要があるのです。

2. 許容可能な損失の原則

  • 予測可能な状況では期待リターンを元に意思決定する、予測不能な状況では損失可能性を元に意思決定する

あるアイデアを着想した場合に、本当にそれを実行するのか。あるいは、複数のアイデアがある場合には、一体どれを実行するのか。

こうした意思決定に際して、コーゼーションに基づく発想では、一般的に期待できるリターン(期待利益)の大きさが、判断基準として用いられてきました。 つまり、行動の結果として、投下した資源以上の大きなリターンが期待できるならば実行すればよい、と考えるのです。 複数の行動の選択肢がある場合にも、最も期待利益の大きいもの、つまり最も成功しそうなものや儲かりそうなものを選ぶべきだと考えられます。 ただし、環境の不確実性が極めて高い状況では、どれほど精緻に期待利益を予測しようとしたところで、それが得られる保証はどこにもありません。

熟達した起業家は不確実性が高い場合は、逆にマイナス面、うまくいかなかった際に生じる損失可能性に基づいて、行動へのコミットメントを行う傾向がありました。 将来得られるだろう大きな期待利益のために大胆なリスクを取るという、ハイリスク・ハイリターンに賭ける一般的な起業家のイメージとは異なるかもしれませんが、熟達した起業家は、不利な面を十分に認識したうえで、避けられるならば絶対にリスクは取るべきではない、と考えていたのです。

  • 「許容可能な損失」の範囲を明確にすることで予測に頼らなくても済むようにする

ここでいう起こりうる損失のなかには、行動のために投資されたあらゆる資源が含まれます。 当然資金以外にも、費やした時間や労力、協力者からの期待、犠牲にした別の機会などが、うまくいかない場合の損失になりうるでしょう。 それがどのような種類の損失であれ、起業家が、どこまでなら損失を許容できるかの推定に基づいて意思決定をすることで、予測に頼らなくても済む状態を作り出すことができます。

  • 3つのメリット

第一に、うまくいかない可能性が事前に考慮され、なおかつそれを自分が受容できることがわかっているため、新しいことを始める心理的ハードルが低くなるといえます。

第二に、最悪の事態が起こった場合に失うものに対して、事前にコミットメントを行うため、成功するかどうかの予測に無駄な労力を費やす必要もなくなります。

そして第三に、うまくいかなかった場合でも失敗が致命傷とはならないために、再度別の方法でチャレンジすることが可能になるのです。

  • 「行動しないことの機会損失」も考慮する

そのタイミングでチャレンジする行動を起こさなかったがゆえに、失われてしまうものもまた、損失可能性の中に考慮されるべきだと言えます。

  • 失敗を想定することで起業家のアイデンティティが引き出される

最後に、許容可能な損失に基づく意思決定は、「成功するかどうか」や「儲かるかどうか」という利益以外の基準で、本当に自分にとって重要な取り組みを選択することを可能にします。

うまくいかなかった場合をあらかじめ想定してコミットメントを行う意思決定では、起業家はそうした損失可能性を覚悟したうえで、「本当に自分はそれをやりたいのか」を改めて自問することになるでしょう。

また挑戦しなかった場合に失うだろう機会損失には、うまくいった場合のリターン以上に、自分のアイデンティティや志、自己実現の可能性といった要素が、深く関わっていることに気づく場合もあるでしょう。

3. レモネードの原則

  • 偶然をポジティブに利用する

レモネードという名称は、「人生が酸っぱいレモンを与えるなら、レモネードを作れ(When life gives you lemons, make lemonade.)」という英語の格言に由来するもの です。つまり、美味しい果物を手に入れたいと期待したにもかかわらず、酸っぱくて食べられないレモンしか手に入らないのなら、それは不都合な結果といえますが、だからといって手にしたレモンを捨てたりせずに、酸っぱいレモンはより美味しい飲み物を作る原料にすればよいという発想です。

  • Knightの不確実性こそ利潤の源泉

彼は、第二の壷にたとえられる、試行を繰り返したり同類の経験を多く集めたりすることで統計的確率を予測できるものは「リスク」にすぎないとし、これに対して、第三の壷にたとえられる計測不可能な不確実性こそが「真の不確実性」であり、こうした不確実性への対応こそが起業家が利潤を手にすることのできる源泉である、と主張しました(Knight 1921)。

このことから、この第三の壷のように、計測不可能な真の不確実性は、「ナイトの不確実性(Knightian Uncertainty)」とも呼ばれます。

つまり、多くのビジネスで想定される不確実性(リスク) に対しては、コーゼーションの予測合理的なアプローチによって対処することが有効である一方で、起業家が生み出す新たな事業や市場といったものは本質的にユニークであり、同類の経験を多く集めて分析することによって不確実性を縮減することはできないのです。

  • 既存のルールに縛られず、予測不可能の海を泳ぐのが起業家

起業家は、「赤いボールの個数を知っている人が誰もいない」という状況を積極的に活用して、他の人々の目を盗んで、自分がゲームに参加する前に大量の赤いボールを壷に追加することを企てるかもしれません。また、もし自分が追加するための赤いボールを持っていない場合には、持っている人を仲間に引き入れて、一緒にそれを行おうとするかもしれません。さらに、壷の中から予想外の青いボールばかりが出てくるのならば、赤ではなく青のボールを引き当てれば勝ち、という風にルールを変更できないかを交渉するかもしれません。このように起業家は、予測不可能なナイトの不確実性のなかでも、むしろ予期せぬ事態そのものを自らの手持ちの手段(資源) として取り込んで活用することで、実行可能な新たな行動を定義し、結果として実際に賞金を獲得できる可能性を高めることができるのです。

4. クレイジーキルトの原則

  • わらしべ長者のようにパートナーを増やす
  • パートナーが増えると手持ちの手段が増える
  • さらにわらしべ長者的にパートナーを増やす

スティーブ・ジョブズは「ほとんどの人は、受話器を取って電話を掛けようとはしない。そして、それこそが時に、物事を成す人たちと、それを夢見るだけの人たちを分けるものなんだ」と語っています。

  • Sellingではなく、Asking

5. パイロットの原則

  • 自分たちでコントロール可能なものに集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果に帰結させる

1994年にアップル創業者のステーブ・ジョブズは、自らを取り巻く世界のコントロール可能性についてインタビューで次のように語っています。

「世界とは変わることのないもので、人生とはそのなかであまり壁にぶつからずに生きるべきものだと考えられがちだ。でも、それはとても限定的な意味での人生であり、ひとつのシンプルな真実を発見しさえすれば、人生はずっと広くなる。その真実とは、あなたが人生と呼ぶ周りのあらゆるものは、賢さにおいてあなたと大差ない人々によって作られた、ということだ。だから、あなた自身もそれを変えたり、影響を及ぼしたり、他の人にとって有用なものを作ったりすることができる、ということだ。

重要なのは、そうした予測を超えた外部環境のフィードバックを得たときに、それに翻弄されたり、逆に事前の予測や計画に固執して見過ごしたりするのではなく、その場・その瞬間でコントロール可能な活動に集中して、パイロットとして対処する行動をとることであるといえます。

まとめ

起業家は、自らのアイデンティティや知識、社会的つながりに基づいて着手する「手中の鳥の原則」と、起業家自身の可能なリスクテイクを反映した「許容可能な損失の原則」に基づくことで、未来の結果が予測できないような不確実性の下でも、起業家自身にとって意味のある一歩を合理的に踏み出すことが可能になります。

ただし、それだけでは実行可能性とリスクへの対処を重視した、小さな行動にしかならない恐れがあるでしょう。 そうした行動が、新たな市場や事業機会を含む、より大きな価値の創造につながりうるのは、行動を起こして初めて得られる、外部環境からのフィードバック(予期せぬ結果や、人や情報との出会い、制度的障壁など) を起業家が取り込み、より実効性の高い行動へと繰り返しアップデートするためです。 こうした対応を可能にする思考様式が、「クレイジーキルトの原則」と「レモネードの原則」であると理解できます。

エフェクチュエーションのプロセスにおいて、行動の起点となる手持ちの手段(資源) の筆頭に「私は誰か」というアイデンティティに関わる要素が挙げられるのは、結果が予測不可能であるゆえに最適な行動が定義できない不確実な意思決定においても、アイデンティティこそが「何をすべきか」を判断する一貫した指針を提供しうるためです。

そしてアイデンティティは、最初は起業家自身の「私は誰か」と同一であるものの、エフェクチュエーションのサイクルが繰り返してパートナーが獲得される結果、徐々に「私たちは誰か」という組織的なアイデンティティが形成されると想定されています。

おまけ

  • “弱いつながり” こそ仕事に活きる

頻繁に接触する相手(強い紐帯) よりも、たまにしか会うことのない知人(弱い紐帯) のほうが、仕事上の重要な情報の提供者として役立ったという結果だったのです。これは、親密な関係性をすでに築いている人たちというのは、自分と同じ情報を持っている可能性が高い一方で、つながりの弱い人々は異なる社会的ネットワークに属しているため、自分にとって新しい情報をもたらしてくれる可能性が高いことを示唆します。

  • トヨタはなぜ自動車産業に参入したのか

豊田さんがしたであろう意思決定について、野口さんは次のように説明しています。

「伸るか反るかの勝負を独断で仕掛けて失敗したところで、それが日本のためになる発明や新分野への挑戦なら、後ろ指を指されることはない。むしろ、守りに入って何も挑戦しないほうが(明治国家の発展のために自動織機の発明に邁進した父)佐吉の精神に 悖るわけだ。

Last updated on Nov 15, 2023 00:00 JST
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