クリステンセン教授の書かれたイノベーションを起こすためのプロダクト開発に関する本
対象読者
何が顧客にその行動をとらせたのかを真に理解していないかぎり、賭けに勝つ確率は低い。だが、イノベーションとは本来、もっと予測可能で、もっと確実に利益をあげられていいはずだ。
成功を願ってイノベーションにわが身を投じ、組織の資源も注ぎこみ、そのたびにぱっとしない結果で終わっているのなら、あるいは、顧客がプレミア価格を払ってでも手に入れたいと切望するようなプロダクト/サービスを生み出したいのなら、あるいは、運頼みのライバルを蹴落とし、イノベーションの競争に真に勝ち抜きたいと願うのなら、本書をぜひ読んでほしい。
ジョブ理論の概要
顧客が新しい商品を人生に引き入れる決断を下したとき、その根底に存在した因果関係とは何か? どんなジョブ(用事、仕事)を片づけたくて、その商品を「雇用」したのか? 顧客のジョブを理解する基盤を築き、戦略を立てれば、運に頼る必要はなくなる。
ジョブ理論を象徴する話「ミルクシェイクのジレンマ」
来店客はたんにプロダクトを買っているのではない。彼らの生活に発生した具体的なジョブを、ミルクシェイクを雇用して片づけているのだ。
- 朝にミルクシェイクを買う顧客のジョブは「朝の車での通勤中の退屈を紛らわせたい」「朝食と昼食の間のちょっとした空腹を満たしたい」という提供側が想像もしないものだった
はじめのうち、客たちは質問にとまどっていた。そこで、ミルクシェイクでなければほかに何を買うつもりかを訊くことにした。すぐ明らかになったのは、早朝の顧客は誰もが同じジョブを抱えていたということだった──「仕事先まで、長く退屈な運転をしなければならない」。だから、通勤時間に気を紛らわせるものがほしい。しかも、いまはまだ腹はすいていないが、あと1、2時間もすれば、そうなることがわかっている。
ミルクシェイクをヘルシーにすることはなんの意味もなく、ミルクシェイクの中にフルーツ片を入れるなど飲んでいる途中に驚きを与える施策などが有効だった
- 同じUserでも利用時間によってジョブが異なっていた
- 朝は上記のようなジョブのためにミルクシェイクを雇用していた顧客も、休日の夕方に子供を連れて来店したときには「良い父親である」ためにミルクシェイクを子供に買っていた
ファストフード・チェーンがミルクシェイクをもっと売りたいと考えた場合に、探す方法はひとつではないということになる。〝ひとつですべてを満たす〟万能の解決策は結果的に何ひとつ満たさないのだ。
顧客のジョブを徹底的に理解することから始める
- ジョブの定義
顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に 引き入れる というものだ。 この「進歩」のことを、顧客が片づけるべき「ジョブ」と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を「雇用」するという比喩的な言い方をする。
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ジョブは数字ではなく、ストーリー
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ジョブを理解するには単純なデータの分析ではなく、「なぜ」に注目する必要がある
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ジョブでないものをジョブと定義しない。
明確に定まった「片づけるべきジョブ」は、動詞と名詞で表現できる。 「手作業でタイプしたり編集したりしなくてもいいように、本を口述で〝書く〟必要がある」はジョブであり、「もっと正直にならないといけない」は、立派な目標だが、ジョブではない。
つまり、同種のプロダクトでしか問題を解決できないのなら、それはジョブではないということだ。 例を示そう。「350ミリリットルの使い捨て容器にはいったチョコレート味のミルクシェイクがほしい」はジョブではない。これを片づけるために雇用する有力候補は、すべてミルクシェイクという製品カテゴリのなかにあり、ニーズまたは嗜好とは言えても、ジョブではない。
- 顧客が自社の製品を雇用する理由を「機能面」「感情面」「社会面」の3つで説明できるレベルまで深ぼる
顧客があなたのプロダクト/サービスを なぜ 選ぶのか、本当の理由を理解しているか。または、なぜ顧客が別のものを選ぶのか、その理由を理解しているか。
その進歩の機能的、感情的、社会的側面はどのようなものか。
ジョブを解決する「体験」を作り込むことがMoatになる
顧客がたんに望む商品だけでなく、プレミア価格を払ってでもほしがる商品を生み出すために、ジョブ理論には構築すべき複数のレイヤーがある。何が片づけるべきジョブなのかを特定し理解することはきわめて重要な鍵だが、それは始まりにすぎない。
ジョブの解決という行為を体験と結びつけることは、競争優位を獲得するうえできわめて重要である。なぜなら、競合相手にとってプロダクトの模倣だけなら簡単にできてしまうが、自社のプロセスに強く結びついた体験を模倣することはむずかしいからだ。
ジョブ理論は、イノベーションの強力なガイドだけにとどまらず、真の差別化と長期的な競争優位を可能にし、顧客の行動を組織が理解するための共通言語となりえる。
ある人のジョブを完全に満たすには、ただプロダクトを生み出すだけでなく、ジョブのさまざまな面に対応する体験を創造し、さらにはそうした体験を一貫して構築できるように、企業のプロセスに統合する必要が出てくるからだ。これをうまくなし遂げれば、競合相手に真似されるおそれはほぼなくなる。
ジョブは提供者が作り出すものではない
- ジョブ = ニーズが新しく生まれることはほとんどない。ニーズ自体はすでに存在し、それに対する解決策が進化する。
ジョブはつくり出すのではなく、見つけ出すものだ。ジョブそのものは長いあいだ変化しなくても、解決方法のほうは時が経つにつれて大幅に変化することがある。
- 解決策ではなくジョブにFocusする
新しい技術の採用がジョブの解決方法を向上させることは多いが、ジョブそのものの理解を深めることがたいせつであり、解決策のほうに夢中になるべきではない。
- 「地点間の移動」というジョブに答えることにFocusしたことでカーシェアリングなどの取り組みを始めたBMW
「私たちは供給側から需要側へと視点を変えた」とアルトハウスは言う。つまりは、 プロダクトを売る ことから ジョブに応える ことへシフトしたのだ。
既存の解決策を解雇させるイメージを持つ
- 元からあるニーズに新しい解決策を雇用してもらうのだから、何かを「解雇」させる必要がある
片づけるべきジョブは、昔からつねに存在していた。それに応えるイノベーションのほうは、進歩を重ねてきた。したがって、新製品のアイデアがどれだけ目新しく革新的であろうと、顧客が苦労している状況はもとからあったため、新しい解決策を雇用してもらうには、顧客は当然、現在やむなくおこなっている振る舞いや次善策のなかのいくらかを解雇する必要がある。これには、「何もしない」という解決策の解雇も含まれる。
- 解雇するコストを意識する
顧客が解決したい問題への不満は、顧客にアクションをとりたいと思わせるほど強くなければならない。たんにおもしろくないとか気に入らないと感じる程度なら、人にこれまでとちがう行動をとらせるきっかけにはならない可能性がある。
ジョブごとに顧客セグメントを切る
- 年齢や性別などの属性によってセグメントを切ると、ジョブを見失ってしまう
- 顧客が感じているジョブごとにセグメントを切り、各セグメントに合わせた体験を提供するべきである
ジョブに基づいて区切ったセグメントにフォーカスする必要がある。
無消費というライバルを意識する
- 顧客には、現状なんのサービスも利用せずに我慢している「無消費者」も含まれる。
このセグメントには、現状では満足な解決策が存在しない「無消費者」も含まれ、彼らはジョブを不満足に片づけるよりは、何も雇用しないほうを選ぶ。無消費に眠る好機は企業にとって巨大だ。
ジョブをどのように見つけるか
ジョブを理解するために、Userのドキュメンタリー映画を想像する
- Userが成し遂げようとしている進歩は何か
- 苦心している状況は何か
- 進歩を成し遂げるのを阻む障害物は何か
- 不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動を取っていないか
- その人にとってより良い解決策は何か
ジョブの探し方
- 身近な生活の中から探す
- 人々の生活を観察して探す
ソニー創業者の盛田昭夫は後進に対し、市場調査に頼るのではなく、「人々の生活を注意深く観察して彼らの望みを直観し、それに従って進む」ようにと助言した。
- 自分の生活の中の自分の課題を探す
あなたにとって重要なことは、ほかの人にとってもおそらく重要だ。 ジョブの知見を得るのに貴重な情報源となるのは、あなた自身の生活である。
- 無消費に眠る機会を探す
片づけるべきジョブについて学べるのは、なんらかの商品やサービスを雇用している人からだけではない。何も雇用していない人からも、同じくらい多くのことを学べる。
企業は他社から市場シェアを奪い取ることばかりに気をとられがちで、目に見えない需要が大量に眠っている場所のことは考えない。既存のデータからはその場所を知ることはできないため、そうした需要の存在に気づくのは容易ではない
企業は、既存の顧客への理解を深めようと大がかりな市場調査をおこなうが、ジョブについての重要な知見は、あなたのプロダクトも他社のプロダクトも買っていない無消費者を調査することで得られることがある。
- 間に合わせの対処策が取られている機会を探す
現在の解決策に満足しておらず、あれこれ工夫して自分なりの解決策をつくろうとしている消費者に。彼らがどんなふうにやりくりしているか、注意深く観察する。
- 人々ができれば避けたいことを探す
- ネガティブジョブを探す
医者が薬局に連絡したあと、薬を受け取るまでまた30分待たなければならない。軽く半日がふっ飛んでしまう。この場合の片づけるべきジョブは「医者には行きたくない」だ。
- サービスの意外な使われ方を探す
顧客がプロダクトをどう使っているのかを観察することでも多くを学べる。とりわけ、企業が想定していたのとは異なる使われ方の場合には非常に参考になる。
あなたのプロダクトを顧客がどのように利用しているかを詳しく調べると、往々にしてジョブについての重要な知見が得られる。とりわけ顧客が、意外な使い方をしているときにはこれが顕著である。
- パンを焼く時の材料として販売されていた重曹が、掃除などの様々な用途で使われていた事例
顧客の言葉ではなく行動からインサイトを得る
顧客は往々にして自分の望みを明確にことばにできない。ことばにしたとしても、行動がまったく別のストーリーを語ることは珍しくない。
- 製品を購入する時だけではなく、商品を実際に消費する時を継続的に観察する
われわれが「ビッグ・ハイア(大きな雇用)」と呼ぶ、人がプロダクトを初めて買う瞬間のみを追跡する。しかし、同じくらい重要なもうひとつの瞬間は、実際にそのプロダクトを 消費する ときだ。
ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
自社製品を雇用してもらうため、自社製品がどんなジョブを解決できるかを明確にする
- イケアの事例
イケアは、人口統計学的な特定の層へ向けた販売を重視していない。新しい環境で自分自身および家族の生活をととのえようとするときに、おおぜいの顧客がもつジョブ──「明日までに新居の家具をそろえる必要がある。明後日からは仕事だから」──を中心に組織を築いた。
- ジョブを明確にするということは、合わない顧客を明確にすること
企業側の立場では、歴史上初めて、プロダクトを雇用して ほしくない人 にそのことをどう伝えるかを悩む時代になった。その顧客のジョブのためにつくられたのではないプロダクト/サービスを雇用した顧客は、失望するのがわかりきっている。それでも、失望した事実だけを取り上げて、不機嫌さをぶつけた否定的なオンラインレビューを書くだろう。否定的なレビューはビジネスを壊すことすらある。
ジョブを中心とした組織の作り方
ジョブ中心組織
イノベーションの成功の秘訣は、顧客のジョブスペックに対応する体験を創造し、届けることである。これを一貫しておこなえるようにするには、それぞれの体験に結びつけて適切なプロセスを構築して統合する必要がある。これにより、他社から簡単に模倣されない競争優位の強力な源が手に入る。
ほとんどの場合、効率をあげることや、特定の機能を使って狭い範囲の成果を達成することを目的としている。ジョブを解決する体験を正しく提供するには、新しいプロセスを慎重に定義し、通常はサイロ化している機能群を調整する新しいメカニズムをととのえる必要がある。
成功した企業がジョブから離れてしまうわけ
何かが変わるのだ。片づけるべきジョブの見きわめによって成功したすばらしい企業でも、経営と成長に追われるうちに道に迷うことがある。そうなってしまった企業はジョブではなく、プロダクトを通して自分を定義しようとする。これは大きなちがいだ。
- 成功するとデータが集まってくる、分析可能になるため、そればかりに目がいき、顧客の文脈を読み取ることを怠ってしまう
ひとたびプロダクトが売り出されると、蛇口がひねられてデータがつくられはじめる。そのデータは、売上が発生し、顧客が生まれるまで存在しなかったものだ。曖昧でつかみづらい苦闘のストーリーから、精密かつ整然としたスプレッドシートへと関心を移したときのマネジャーの安堵感はよくわかる。
こうしたデータは非常に目立つ。注目しろ、優先しろ、改善しろとわめいてくる。追跡しやすく計測も容易で、マネジャーがいかに職務に取り組んでいるかの尺度としてもよく利用される。乱雑な受動的データにくらべて、堅固で具体的な能動的データの世界は居心地がよく、マネジャーに安心感を与える。
- 能動的データに引きづられて、受動的データが見えなくなる
ジョブを解決するために必要な情報は、顧客が苦労している文脈のなかにある。 そのような情報は声をあげず、はっきりした構造もなく、推進者もおらず、行動計画もないことから、われわれは「受動的データ」と呼ぶ。 片づけるべきジョブはさほど変化しないため、受動的データを見ても、周囲の状況の変化を読み取ることはできない。 受動的データはつねに存在しているが、目立たない。
新しいプロダクトで顧客に何を提供できるかを考えようと思うのなら、イノベーターは現実のとりとめのない文脈に身を浸さなければならない。
受動的データは居場所をみずから言いふらしはしない。イノベーターの側が手がかりを集め、探し出さなければならない。これはきわめて重要である。これこそがイノベーションの機会を探しあてる方法だからだ。
だがマネジャーには、職務柄、情報に反応する習性がある。否定的な情報であればなおさら、すばやく対応せざるをえない。このため、能動的データに引きずられやすくなる。
片づけるべきジョブが市場のプロダクトとなったとたん、受動的データは隅に追いやられ、能動的データが声高に迫ってくる。文脈を豊かに含んだジョブの視点は必然的に弱まってしまう。
- ジョブを見失って見かけ上の売上の成長をしようとしてしまう
対象顧客を広げ、プロダクトの種類を増やしてしまいがちだ。 そして、最初の成功をもたらしたジョブへのフォーカスを失う。 さらにまずいことに、多くの顧客向けに多くのジョブを片づけようとすれば、顧客は混乱し、本来、ジョブを片づけるのに適さないプロダクトを雇用し、のちに苛立ってそのプロダクトを解雇することになる。 こうなると企業は、ひとつのジョブにフォーカスする破壊者たちの攻撃にさらされてしまう。
- データを都合よく解釈してしまう
予測の失敗のなかで最も悲惨なものには、たいてい共通点がある。われわれは、そうあってほしいと願う世界のストーリーを語るシグナルにばかり注目する
イノベーションは、経営陣が片づけたいと考えるジョブを片づける方向に歪められる。だから、自分たちが売りたいプロダクトを顧客は買いたがるはずという思いこみにつながってしまう
- データを盲信してしまう
データにまつわる誤解が蔓延しているために、多くの組織のなかに、数字で表したデータのみが客観的だという考えが根づいてしまっている。どこかに理想のデータがあって、それが手に入れば、顧客について完璧な知見が得られると思いこんでいる。つまり、スプレッドシートや回帰分析に流しこめる定量的な正しいデータを集めさえすれば、 真実 を知ることができると考える
データには、故意か無意識かは別にして、それをつくり出した人の意図が必ず入りこむ。だから、データ分析に費やすすべての時間と同じだけの時間を、「つくり出すべきデータは 何か」 をまず決定することに充てるべきだ。
ジョブにFocusし続ける方法
- ジョブの解決を中心とした文化を作る
ビジネスリーダーは、自分が継続的に指示を下さなくても、どのポジションにいる社員でも日々の選択を正しくおこなえるようにしなければならない。
誰もが理解できる明確なジョブスペックは、ローマの統治の例と同じ役割を果たす。 毎回するべきことを具体的に指示されなくても、社員は正しい決断を下すことができ、新しい取り組みにつきもののトレードオフのバランスもとれる。 最も重要なことは何か。妥協できないものは何か。最終的なゴールは何か。 その最終ゴールに到達するための自分の役割は何か。ジョブ理論のレンズを通すことで、日々の選択が顧客のジョブと正しく関連づけられるようになる。
- Amazonの事例
最安値という同社の基盤をなす約束事に忠実でありつづけるために、自動検索エンジンのショッピングロボットを構築し、1日に2回、数百件の基準プロダクトの価格を調べている。自社より安い価格が見つかると、相手の価格に競り勝つためにアマゾンの価格は自動的に下がる。アマゾンのショッピングカートに入れておいた商品の価格がときおり予想外に下がっているのは、そういう理由だ。自社より低い価格が、適切な粗利のしきい値を下まわる場合には、人の目による調査がおこなわれる。
アマゾン版〈ジャスト・ドゥ・イット〉賞を設け、自身の公式な職務とは別にアマゾンの大義に尽くした社員を個人的に表彰している。焦点がぶれないので、アマゾンの顧客にとって何がいちばん重要なのかが社員につねに共有される