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43/ キーエンス解剖

日経ビジネス記者の西岡氏が書いたキーエンスの仕組みや社内文化を詳細についての本

日経ビジネス記者の西岡氏が徹底的な関係者へのインタビューを元にキーエンスの仕組みや社内文化を詳細に書いた本

化石になるな

いざ本社に足を踏み入れると、普通のオフィスではなかなか見かけないものがあちこちに置かれていることに気付く。「化石」だ。

なぜ化石なのか。それは「キーエンスは化石にならない」という、キーエンス創業者で現在は取締役名誉会長を務める滝崎武光氏からのメッセージだ。 「石になって永遠に姿を変えられなくなるような事態には絶対に陥らない。常に変化し、進化し続ける」──。そんな思いが込められている。

常に顧客の期待値を超える

ロープレ文化

ロープレは「ロールプレイング」の略語。上司や部下、同僚と2人一組で実施する、顧客との商談のシミュレーションだ。 10 ~ 15 分ほどで手短に、だが毎日のように繰り返すのがキーエンス流。まるで歯を磨くように、当たり前にやる。

短時間であっても、毎日のように繰り返せば「筋トレ」のように効いてくる。 それが、どんな顧客とも当たり前のように高い水準で商談をこなす足腰となる。

「数をこなさなければ質が生まれないと、キーエンスで学んだ。数を打つことは全く苦にならなくなった」

デモ文化

分かりやすさは営業にとって不可欠な要素だ。 キーエンスは顧客の前でどれだけデモを見せたかの回数もKPIとして記録している。

裏のニーズを探れ

  • 「顧客は自分の本当に欲しいものが目の前で実際に触るまで分からない」「顧客に言われたものは作らない」を掲げている

キーエンス型のコンサルティングセールスでは、ここで〝ニーズの裏のニーズ〟を探る。 「なぜこれが必要なのか」「これを導入してどんな成果を望んでいるのか」を顧客に問うわけだ。

顧客との対話を繰り返すうちに、「営業効率を高めたい」といった最終的な目的と、「月に 10 日ほど出張するセールス担当者」が「迅速に情報を共有しやすい環境」をつくりたいからタブレットに目を付けたといった理由が見えてくる。 そうなれば、タブレットだけでなく、チーム内での情報共有に適したソフトウエアも組み合わせるといった、顧客の課題を解決するために一歩踏み込んだ提案書が出来上がる。

こうした真のニーズは、顧客自身も気づいていないことが多い。会話の中で「なぜ」と自問することで、ようやく気づいていく。

「最大の付加価値を上げる」製品開発

  • 最大の付加価値を上げるために妥協はしない

議論する人たちが企業理念にある「最大の付加価値を上げる」を目的にしているのは共通。 「想定外」であっても、意見が食い違うことはほとんどないという。

当然、「技術的に大変だ」といった意見は出る。 ただ、「『もうこの段階にきているのだからやめよう』『今から評価し直すのか』といった、やすきに流れる方向には進まない。 『それでも価値があるならやりましょう』となるのがキーエンスの文化だ」と廣瀬氏は断言する。 場合によっては商品のリリース時期を遅らせることもあるという。 時期を優先して中途半端な価値の商品を提供するよりも、価値の最大化を大事にする。キーエンスでは、これが当たり前となっている。

第一の目標こそ価値の最大化だが、それはスケジュールを遅らせる言い訳にはならないということだ。 どうしても必要であれば時期をずらすが、当初の期日までに終わらせられるようにエンジニアたちは最大限努力する。

  • 顧客が「欲しい」と言ってからでは遅い

どういう商品を開発するかを、お客さんから言われて決めているようでは、既に遅いんです。 顧客の要望通りのものを作っていても、付加価値は高くならない。

付加価値の創造こそ我々の存在意義

開発陣は現在の市場の情報を把握したうえで、顧客自身が気づいていないような潜在需要を掘り起こさないとダメです。 現在、760人の社員のうち約100人が研究開発に関わっていますが、彼らが他人から依頼された仕事をせず、自分から問題を見つけ、解決方法を探るよう持っていくのが、経営の重要課題だと思っています。

  • 粗利8割

キーエンスが付加価値の目安としているのが「粗利8割」という数字だ。つまり、原価の5倍の価値(価格)を生み出すということ。 これを製品開発の目安にしている。

  • 開発着手や商品化にはヒアリング件数を見る

着手承認や商品化承認のプレゼンで必ず聞かれるのが「ヒアリング件数」だ。 企画について、顧客からどれだけ話を聞いたかを定量的に知るためだ。

「10 件だと企画書として認められない。ノルマではなかったが、 20 ~ 30 件はヒアリングするのが普通だった」

  • 徹底的なヒアリングで機能を絞り込む

キーエンスは、事前に丹念に調べた顧客ニーズを基に、必要な機能や性能を絞り込み、そこを徹底的にとがらせる。 30社程度の顧客へのヒアリングを繰り返し、その中で何度も出てくるニーズを3~5個程度にまとめていくと、「対象とする顧客の8割が納得する商品になる」。 できあがった商品は特徴が明確で売りやすく、商品全体ではコストダウンが見込める。

  • 企画担当者が製品開発のプロセスに最後まで入り込む

企画担当者が商品開発の最後まで関与し続けることだった。 実際に製品の開発段階になると、技術的に実現が難しいことも出てくる。 この章の冒頭で紹介したように、開発担当者から「こういう機能を追加してみては」というアイデアが出てくることもある。 そのとき判断基準にすべきものは「顧客に提供できる価値」だ。 長期間にわたって顧客ニーズを調べ尽くした企画担当者が伴走するからこそ、正しい判断が迅速にできるという考え方が根底にある。

即納

なぜリスクを犯して在庫を積むのか。 それは「直近の利益よりも当日出荷が重要だという絶対的な優先順位があるからだ」とキーエンス社員は解説する。 「キーエンスだったら、すぐに持ってきてくれる」という他社にない価値を守り続ければ、商品の売り値を維持でき、それが長期的な利益率向上につながるという発想だ。

性弱説に基づいた社内文化

徹底的な可視化による仕組み化

SFAを活用した精緻なデータ分析に基づく育成と、人と人の直接的なコミュニケーションによる育成。 その両面をどちらも追求しているのが、キーエンスの面白さだ。

「社内の仕組みは『性弱説』に基づいている」と話していた。性善説でも性悪説でもなく、性弱説。人は弱いものだという前提に立った仕組みになっている

日々の行動を正確に可視化することだった。そして、その正確さを担保しているのが内部監査というわけだ。

製品に詳しい営業マンを育てるミニテスト

研修では毎日商品ごとの知識テストがある。まるで学校のようだった。 もちろん研修テストの結果も可視化される。

外報

  • アポは一日5件からが外出して良い基準
  • 商談から5分以内に1分単位で書き込む外報

外報の記入には暗黙のルールがあった。 そのルールとは「商談から5分以内に書く」だ。 時間がたつと、主観が強まったり、細かいことを書くのがおっくうになったりする。 商談で起こったこと、気づいたことをすぐに書き留めておけば、顧客が何を求めているのかが見えやすくなり、次の戦略を練るのにも役立つ。

行動したとしても書かなければやっていないのと同じ

ニーズカード

営業担当者による「取材」の成果を商品開発に生かす仕組みもある。 1人が月に1件以上提出するとされる「ニーズカード」だ。 ニーズカードは「世の中にあるものでは、まだこれができない」というニーズを書き込むものだ。

営業担当者にニーズカードの提出を促すためにインセンティブを設けているのが、キーエンスらしいところだ。 1万円程度の賞金が出る3カ月に1回の「ニーズカード賞」、数十万円単位の賞金が出る1年に1回の「ニーズカード大賞」があった。

徹底したインセンティブ設計による人事評価制度

結果よりもプロセス重視の評価

キーエンスの社員の評価は意外にも「プロセス」重視だ。 報酬に反映するKPIに設定しているのは、「やれば確実にできるもの」。 行動を変容させれば結果がついてくるという考え方が、根本にある。

キーエンスはそういう考え方はしない。成果だけで見てしまうと、(時期や業界、地域によって異なる)顧客の景気に左右されてしまうからだ

若手ほどアクションを重視する傾向にあり、経験を重ねるにつれて結果が占める割合が高まるという。業績賞与のおおよそ半分ずつが、アクションで評価される金額と、成果で評価される金額になっている

ID制度

いわゆる縦割りの組織であり、事業部間の連携は難しそうだ。 それでも競合の担当者が「全社一丸」とまで表現するような動きができるのはなぜだろうか。 ここにもキーエンスは仕組みを用意している。

通称「ID制度」だ。 ある事業部の営業担当者が別の事業部の担当者に「この顧客にこの商品の需要がありますよ」と紹介すると、成約したときに「金一封」がもらえ、自分の評価にもつながる制度だ。

時間チャージ

出ていくお金をすごく意識して切り詰めようとする会社はたくさんある。もちろんそれも大事だが、まさに今過ごしているこの時間も大事な資本だ。

キーエンスでは基本給に加え、会社の営業利益の一定割合を業績賞与として社員に支給している。 自分や周囲が付加価値を生み出す行動をして、その結果として会社の業績が向上すれば、最終的に自分にも還元されるわけだ。 もし、「時間チャージよりも高い付加価値を生み出しても報われない」と思ってしまえば、社員の意識は徐々に緩んでいくだろう。 社員への還元の割合や算定の透明性などの制度面で「努力すれば十分に報われる」という納得感を与えることによって、社員の努力を引き出すことに成功している。

給与を日本一にする

  • 採用のために日本一給与が高い会社という認知を取る

人を集めるには、仕事のやりがいも大切ですが、やはり数字に表れる待遇が良くないといけません。将来は株価だけではなく、給与も日本一にしたいですね

フラットな組織

  • さん付けで呼ぶ
  • 長ではなく、責

キーエンスでは「誰が言ったかではなく、何を言ったかだ」というフラットな考え方が浸透しており、年次や肩書を意識することはほとんどない。 象徴的なのが役職者の呼び方だ。 これまで何度か書いてきたように、キーエンスでは社長のことを会社の責任者、「社責」と呼ぶ。 「その人が何の責任を持つ立場なのか」を明確にするのが目的であって、「長=一番偉い人」という印象を持たれたくないというのだ。 同様に部長に当たる人物は「部責」、機種責任者は「機責」と呼ばれる。

  • 360度評価

やめる文化

効果がないと判断したら、きちんとやめる文化がある。

中田社長自ら『やめる判断をきちんとしよう』というスローガンを発信していた」と振り返る。 別のOBは「やめたほうがいいことはしっかりと言えるような仕組みがあった」と話す。 年に1回、社員が自らの「気づき」を会社に提出する機会がある。 その記入フォームの中で、「新しい気づき」などと同様に「やめるべきこと」を選択できたという。

創業者 滝崎武光の哲学

  • イデオロギーは結局好き嫌い。商品を通して世の中を変えたい。

商品を通して世の中を変えたい。それ以外には、理念というか、イデオロギーを強調する気はありません。 というのは、私が高校に通っていた頃は学生紛争が花盛りで、私も運動を指導する立場についた。 そこで『イデオロギーは結局好き嫌いの世界だ』ということを痛感しました。 それがきっかけとなって、数字で勝負できる事業家を目指すようになりました。 そもそもイデオロギーへのあきらめが創業のきっかけとなったんですから、経営には織り込まないほうがうまくいく、というのが私の持論なんです

  • 事業家は利益をあげてなんぼ

経営者の同志の集まりでも『これからは団子より花でっせ』と言うような人がいるんですが、そうなっては事業家とはいえません。 事業家の第一の条件は、総資産をうまく使って高い利益を上げることです。 利益が上がらない、すなわち社員に対して付加価値の低い仕事しか与えられないのは、事業家としては最悪です

  • カリスマ性がないため、大きな組織を動かす方が楽

私自身は社員が20~30人しかいない創業期のほうが、かえってやりにくかった。 『オレについてこい』というタイプの人間じゃないですから。 組織を動かすほうが楽なんです

所感

  • 仕組み自体が作り込まれているのは前提だが、結局仕組みが継続的にワークする運用をどれだけ徹底するかで差が出る。キーエンスのような会社はその仕組みのラストワンマイルへのこだわりが違うのだと感じた。
  • 「計測できないものは改善出来ない」という言葉があるように、狂気的なほどの可視化の基盤があるからこそ、成長を支える改善が回り始める、お手本のような組織だと感じた。
  • 個人的にも人はインセンティブ以外では動かないと強く考えており、性弱説に基いて細かなところまで経済的インセンティブをつけた人事評価制度は、納得感があるものが多かった。
Last updated on Jun 21, 2023 00:00 JST
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