Featured image of post 98/ 松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記

98/ 松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記

安野貴博氏のAIスタートアップを題材にした小説

安野貴博氏のAIスタートアップを題材にした小説

「たぶん、覚悟ができたんでしょうね」  江幡はウーロン茶をごくりと一口飲むと、目を細めて言った。 「嫌われる覚悟ですよ。事業を成功させたいと心の底から思うようになったんだと思います。事業のためなら、時に社員に厳しく当たらなくてはいけなくなる。全員の気持ちに配慮することはできません。以前の社長は少しそういうところがありました。でも、誰にどう思われようが事業の成功のためなら知ったことではないと、気持ちに整理がついたんでしょう──何かを背負おうとすれば、強くならざるを得ないんですよ。人間ってのは」

会社をはじめてわかったことがある。悪い出来事は連鎖する。

彼女の形見がペンダント型の音声レコーダーだと気付く。  ──だとすれば、中には彼女の発言が残っている。

《これで聞こえてるのかな? うん、大丈夫そうだ。……起動したのはいいが、何を喋ればいいかわからないな。文字でログが残るなんて変な感じだ。つい最近、松岡がこのデバイスを使っているのを見て、私も勉強がてら使ってみることにした。自分の発言のログを残しておけば、何かに使えるかもしれない……だが、やはりひとりで喋るのは違和感があるな》

「ただ生きるだけじゃ駄目なんだ、私は」  きょとんとする私に、母は言葉を続けた。 「私は世界に何かの価値を残したいんだ」

《リクディードに居た時は、リスクがあっても、無感情に、 合理的 に何かを決め続けることができていた。仕事をしていて怖いと思ったことなんて無かった。  だが、ノラネコでは全然違った。自分の行動には、君の未来が間違いなくかかっている。そう思うと、何かを決めることがとてつもなく怖ろしく思えてきた。

今から思えば、リクディードで仕事をしていた頃の私は、本当に大事なものを賭けた勝負をしてなかったのだと思う。勝っても負けても会社は死なない。でもノラネコでは、自分が間違えれば容赦なく倒産する。君の人生も大きく変わる。

最近になってようやく、不安になることは間違いではないのだと思うようになった。リスクを取らないといけないスタートアップにとって、恐怖を感じることこそ、正しい方向に向かっている何よりの証拠なのかもしれない。きっと、世の中の多くの起業家も同じ思いをしてきている。みんな、心の中の不安を隠しながら、歯を食いしばって意思決定をし続けている。

Last updated on Nov 27, 2024 00:00 JST
Built with Hugo
Theme Stack designed by Jimmy