Intelのアンディー・グローブ氏が1999年に書いた経営戦略についての本
パラノイアであれ
ビジネスの世界において、パラノイアでいることには十分な価値があると私は信じている。
事業の成功の陰には、必ず崩壊の種が存在する。 成功すればするほどその事業のうま味を味わおうとする人びとが群がり、次々に食い荒らし、そして最後には何も残らない。 だからこそ、経営者の最も重要な責務は、常に外部からの攻撃に備えることであり、そうした防御の姿勢を自分の部下に繰り返し教え込むことだと思う。
「10Xの変化」と「戦略転換点」
- 「10Xの変化」はゆっくりと着実に進行していく
事業がこうした移行期にあったとしても、警鐘を鳴らしてくれる人は誰もいない。 ことはゆっくりと、しかも着実に進行していく。 力が大きくなるにつれて、事業の性質も変わっていく。 変化のはじまりと終わりは明らかだが、その間の移行は徐々に進み、混乱を招く。
このような移行期が企業に及ぼす影響は極めて大きい。 この時期をどう乗り切るかで将来は決まる。 この現象こそ、私が転換点と呼ぶものだ。
戦略転換点とは、さまざまな力のバランスが変化し、これまでの構造、これまでの経営手法、これまでの競争の方法が、新たなものへと移行していく点なのである。
戦略転換点の「点」という表現は必ずしも正確ではないということも実感した。この転換期は一時点ではなく、実際には、長く続く苦しい戦いだったからだ。
戦略転換点をどう検知するか
ある状況が戦略転換点であることを、どうやって知ることができるのだろうか。 多くの場合、戦略転換点はいくつかの段階を経て明らかになってくる。
最初に、何かが違うという不安感がある。
次の段階では、企業が取り組んでいるはずのことと、実際に内部で起きていることとのずれが次第に大きくなっていく。
- 適切な対処をするタイミングを見極めることは難しい、不確実な状態で意思決定しなくてはならない
タイミングがすべてだ。 もし企業に余力があり、既存の事業で経営を維持しながら新しい事業展開を試せるのであれば、今の社員や戦略的ポジションといった会社が持っている力の大部分を救うことができるだろう。
しかしそれは、全体像が見えず、データもそろっていない時点で行動を起こすということを意味する。 科学的なアプローチによる経営を信条としている人であっても、このときばかりは直感と個人的判断しか頼れるものはない。
戦略転換点という乱気流に巻き込まれたら、乗り切るために使えるものは、悲しいことに直感と判断しかないのである。
部外者の目を持つ
毎日のように、長年ビジネスキャリアを積み重ねてきたリーダーたちの退任発表を耳にする。 その多くは戦略転換点と思われる時期をなんとかくぐり抜けようとしている企業だ。 そして、ほとんどの場合、後任のCEOは社外から招き入れられている。 新しく入ってくる人たちが、経営者やリーダーとして前任者より能力があるとは限らないだろう。 しかし、ひとつだけ前任者より確実に優れている点があり、それがおそらく非常に重要な点なのだ。 それは、自分の全人生を会社とともに過ごし、現状の混乱の原因に深く関わってしまった前任者と違い、新しい経営者には思い入れやしがらみがないという点だ。 すなわち、現況においても割り切ったものの考え方ができ、前任者よりはるかに客観的に物事をとらえることができるのである。
したがって、ビジネスの基盤が根底から覆される状況で、その時の経営陣が引き続き経営に関わっていきたいと望むならば、知的で客観的な部外者の目を持たなくてはならないのだ。 経営者は、過去の感情的なしがらみにとらわれずに、戦略転換点をくぐり抜けるために必要なことをしなければならない。 ゴードンと私が、いったんドアの外に出て、たばこを 燻らせ、かかとで火を揉み消してから、仕事に戻って来なければならなかったように。
インテルのメインであるメモリー事業が危機に陥った時の思考法
目標もなく迷っている状態がすでに一年近く続いていた、1985年半ばのある日のことだ。 私は自分のオフィスで、わが社の会長兼CEOであったゴードン・ムーアとこの苦境について議論していた。 そこには悲観的なムードが漂っていた。 私は窓の外に視線を移し、遠くで回っているグレート・アメリカ遊園地の大観覧車を見つめてから、再びゴードンに向かってこう尋ねた。 「もしわれわれが追い出され、取締役会が新しいCEOを任命したとしたら、その男は、いったいどんな策を取ると思うかい?」
ゴードンはきっぱりとこう答えた。「メモリー事業からの撤退だろうな」。 私は彼をじっと見つめた。悲しみも怒りももはや何も感じられないまま、私は言った。 「一度ドアの外に出て、戻ってこよう。そして、それをわれわれの手でやろうじゃないか。」
現場が最も早く変化に気づき、CEOは一番最後である
この例が特別なのではない。第一線で働いている人々は、たいてい迫り来る変化にいち早く気づくものだ。
一方でわれわれトップは、景気の低迷や容赦ない赤字にさらされてはじめて、過去を払拭し、全面的に再出発しようと勇気を奮い立たせることができたのだった。
ある変化が戦略的転換点なのか(Signal or Noise)を見分ける方法
- 3つの質問を自分に投げかけてみる
- 主要なライバル企業の入れ替わりがありそうか
私が「銀の弾丸」と呼んでいる診断法を試みるとよい。方法は次の通り。仮にピストルに弾が一発しかなければ、どの競争相手を射止めるために取っておくか、といきなり尋ねる。このようにすると、たいていの人は本能的に反応し、あまりためらわずに答えられるものだ。答えが以前ほど明快でなくなったり、以前にはどうでもよかったような競争相手の名前が出てきたりする場合には、特別の注意を払わなければならない。重要視するライバルの序列が変わるときは、何か重大なことが進行している兆候であることが多い。
- 自社の補完企業が入れ替わろうとしていないか
- 周囲にずれてきた人はいないか
- 「初期バージョンの罠」にはまらないようにする
初期バージョンの質だけを見て、戦略転換点の重要度を判断することはできないということである。
自分の経験を考えてみるといい。 初めてパソコンを見たときの反応を覚えているだろうか。 たぶん、大革命を起こすような装置という印象は持たなかっただろう。 インターネットにしても同様だ。 インターネットにつながっているコンピューターのスクリーンをじっくりと眺めて、ウェブのホームページがゆっくりと表れるのを待っているときに、少し想像力を働かせてみよう。 もし通信スピードが倍になったとしたら、今の体験はどう見えるだろうか。 「10X」の力で、さらに速くなったとしたらどうだろう。 ホームページのコンテンツを、アマチュアではなくてプロの編集者が、片手間ではなく腰を据えて制作したらどうなるだろう。 この答えを推論するために、パソコンが今までどんなに速く発展し、改良されてきたかを思い出してみよう。
- 10Xの改良が起こったときを想像する
10Xの改良で、この製品は極めて面白くなりそうだとか、脅威になりそうだという直感が働くのなら、戦略転換点のはじまりを見ている可能性が高い。
- 広く意見を集めて、集中的にディベートする
最も重要なことは、広く意見を集めて集中的にディベートすることだ。
全てがひっくり返る敗北への恐怖感を常に持つ
敗北への恐怖感を適度に持つことは、生き残りのための本能を磨くのに役立つといえる
そうした記憶が、衰退するときのいつ果てるともない不安感を呼び起こし、そこに戻らないようにしようとする情熱を喚起するのに役立つのである。妙に聞こえるかもしれないが、あの1985年と1986年がまた起きるのではないかという恐怖が、わが社の成功にとって大きな要因だったと私は確信している。
現実の危機を直視する
逃避または回避は、経営陣の個人的な行動によく見られる。企業が核となるビジネスで大きな変化に直面すると、経営陣は無関係に思われるような企業との吸収合併に走るようだ。思うに、彼らは個人的な必要に迫られてこうした行動に出ることが多い。つまり、彼らは誰の目にも明らかで、正当な業務に日夜忙殺されていたいのであり、目の前に差し迫った経営戦略上の危機に対処する代わりに、当然のように時間をつぎ込め、進展が望める仕事がほしいのだ。
成功の惰性を打破する
彼らが今までのキャリアでうまくいった戦略的、戦術的な方法を、今後も実行し続けようとしても驚くにはあたらない。それは、彼らのキャリアの「輝かしい時期」に役立ったのだから。 私はこの現象を「成功の惰性」と呼ぶ。これは極めて危険で、しかも物事に対して否定的な見方を強めるという傾向がある。
死の谷は避けられない、ビジョンで超えるしか無い
私は、あなたや会社全体が苦しみ抜き、さもなければ滅びてしまうようなこの過酷な地を、死の谷と呼んでいる。戦略転換点には必ず存在し、避けて通ることも、危険を減らすこともできない。ただし、よりよく対応することだけはできるのだ。
死の谷をうまく越えるためには、まず、谷の向こう側に無事たどり着いたとき、どんな企業でありたいかをイメージすることが必要だ。あなたが自分の頭の中ではっきり描くだけではなく、疲れ果てて気力を失くし、動揺している部下たちにも伝えられるように、明確なことばで語ることができるものでなければならない。
あなたは一フレーズで答えなければならないのである。誰もが簡単に記憶でき、時が経つにつれてあなたの本当の意図がよく理解できるようなことばが良い。
経営学の専門家は、これを「ビジョン」と呼ぶ。私にとっては高尚すぎることばだ。要は、会社の本質と、その柱となる事業を見極めればいいのだ。会社の将来像を定義づけるためには、そうはなってほしくない将来像を明確にする必要がある。そうすることで初めて、望ましい将来像を描くことができるのである。
リーダーの仕事は「決めること」「しつこいくらい明確にすること」
会社が迷走しているときには、経営陣は混乱しているものだ。経営陣が混乱するとなにもかもうまくいかない。社員が皆、無気力になるからだ。こういう時こそ、進路を決めてくれる力強いリーダーが必要なのである。必ずしもベストの進路である必要はない。ただ力強く、はっきりとしたものであればいいのだ。
大勢の人間を相手に何かを伝えなければならないときには、意思の疎通や明確さはどんなにありすぎてもマイナスにはならない。社員に何度も語りかけること、職場に出向くこと、そして彼らを集めて自分が何をやろうとしているかを繰り返し説明することだ
リーダーのスケジュール表から転換を始める
プライベートな時間についてはもう一言つけ加えておこう。あなたがリーダー的な立場にある人物だとしたら、その時間の使い方には大きな象徴的価値がある。今、何が重要で何が重要でないか、周囲に対してどんなことばよりも雄弁にそれが物語るからだ。 戦略転換がはじまるのは、企業のトップからだけではない。あなたのスケジュール表からもはじまるのである。
転換点ではリスクヘッジすべきではない
戦略転換をするときによく生じる問題がひとつある。それは、ひとつの戦略目標にすべてを賭け、そこに焦点を絞り込んで行動すべきか、それとも、リスクヘッジすべきかということである。
私は、マーク・トウェインのことばが、これらの質問に対するまさに核心をついた答えになると思う。「ひとつのバスケットにすべての卵を入れて、そのバスケットから目を離すな」
個人のキャリアにおいてもパラノイアになる
キャリアについても、早々に次の手を打てることはまれである。たいていの場合、後から振り返ってみると、もっと早く変化を起こせばよかったと思うものだ。実際には、物事がまだ順調に進んでいて、気分よく刺激的な仕事をしている間に変化を起こすほうが、キャリアに影が差してから起こす変化よりも、苦痛ははるかに小さい。