ピーター・ティールの半生について書いた本
高校卒業時
- やりたいことや計画はなかった、ただ世界に影響を与えたかった
1985年に話を戻そう。高校を卒業したティールには、大学で何を専攻するか、これといった計画がなかった。だが当時の彼は楽観的で、自分の前にはあらゆる可能性が開けていると考えてい た。 「大金を稼ぐこともできるし、尊敬される仕事に就くこともできる。知的な刺激を得られる仕事をしてもいいし、すべてを組み合わせることもできるかもしれない。将来についてあまり具体的に考える必要はないと思ったのは、 80 年代の楽観主義のあらわれです。僕の望みは何らかの形で世界に影響を与えることでした」
大学卒業時
- 職業上の成功を目指す
ティールは世間でよく言われる「論客」になりたいと考えていたものの、この時代にそうした仕事に価値があるのかどうか疑っていた。人生を資本主義の精神に捧げたいと思いつつ、それが知的な使命なのか、自分は単にカネ持ちになりたいだけなのか、あるいはその両方なのか、確信が持てなかったのだ。 ロースクール修了直前、ティールはスタンフォード・レビューに最後の論説を寄せ、その中でもうかる職業を嫌悪する文系の学者たちを 揶揄 している。ティールは、職業上の成功にいたる道は、具体的には経営コンサルティング、投資、オプション取引、不動産開発などだとしている。当時はまだあまり一般的ではなかったスタートアップの共同経営も彼の視野に入っていた。
天才ゆえ初めての挫折
判事たちとの面接は、ティールの感触ではうまくいった。目標が一気に近づき、一生安泰のポストを手に入れた気でいたが、あいにく勘ちがいだった。不採用だったのである。 あらゆる競争に勝ちつづけてきたティールのような人間にとって、それは世界が滅亡したような衝撃だった。
エリート街道からのドロップアウト
それから彼はニューヨークに移り、大手法律事務所サリバン・アンド・クロムウェルに職を得る。ここでの仕事は不本意なものだった。勤務時間は週 80 時間。たいていの法律事務所はそうなのだが、大学を出たての若いアソシエイトは、正式なパートナーへの昇格をめざし、身を粉にして働かなければならない。数年後の出世のために汗水たらして働く同僚たちに囲まれ、ティールは考えこんでしまった。彼はニューヨーク時代を「人生の危機」だったとふりかえっている。折にふれティールはこの「エリート法律事務所」で感じた複雑な思いを打ち明けている。 「外から見ていると、誰もが中に入りたいと憧れるけれど、中に入ると誰もが飛び出したくなるんです」 ティールはこの法律事務所で過ごした期間を、まるで刑期を数えるように「7か月と3日」と冗談交じりに語っている。
大学時代に学んだルネ・ジラールのミメーシス理論に回帰
ティールはジラールについて熱弁をふるい、私たち人間は模倣から逃れることはできないと指摘している。 「模倣こそ、僕らが同じ学校、同じ仕事、同じ市場をめぐって争う理由なんです。経済学者たちは競争は利益を置き去りにすると言いますが、これは非常に重要な指摘です。ジラールはさらに、競争者は自分の本来の目標を犠牲にして、ライバルを打ち負かすことだけに夢中になってしまう傾向があると言っています。競争が激しいのは、相手の価値が高いからではありません。人間は何の意味もないものをめぐって必死に戦い、時間との闘いはさらに熾烈になるんです」
いまなら彼は、2014年に発したこんな言葉を若き日の自分に差し出すだろう。 「自分に尋ねてみるといいでしょう――なぜこれをするのか? それがしたいからやっているのか? それとも面目を保つためだけにやっているゲームなのか?」
インターネットの未来は確信されていた
早くも1996年末の段階で、起業家のロバート・リードは著書『インターネット 激動の1000日』(日経BP社) で、インターネットがメディア、株式市場、労働市場にどのような飛躍的変化をもたらすかを、次のように予測している。 ・米国内3000万人以上、国外1000万人以上がインターネットを利用するだろう ・ヤフーやネットスケープのようなポータルサイトは、ニューズウィークやフォーブスのような有名雑誌よりも広く浸透するだろう ・1849年のゴールドラッシュ時より多くの人々が、ストックオプションでひと財産築くべくスタートアップに殺到するだろう ・株式市場はインターネットという新しい成長分野を大歓迎し、この分野のスタートアップがぶちあげる夢物語に高い企業評価をつけるだろう ・インターネット・スタートアップの多くは、創業から1、2年しかたっておらず、成熟したビジネスモデルがないにもかかわらず、次々と上場を果たすだろう(ヤフーは1996年上場、アマゾンは1997年、イーベイは1998年)
ネットワーク効果の重要性を見抜いていたTiel
ティールは、ユーザーが順調に増加してこそ、本物のネットワーク効果が生まれるということをよく理解していた。「成長」は重要な要因だ。彼はメトカーフの法則を熟知していた。「ネットワークの価値は、ユーザーの数が2倍になると、4倍(2乗) になる」というもので、コンピュータ・ネットワーク規格イーサネットの発明者ロバート・メトカーフの経験則である。言い換えれば、ユーザー数の増加は、企業価値を高めることになる。また新しいネットワークのユーザー獲得コストは、当のネットワークそのものが大きくなるほど、劇的に下がっていく。これが、インターネット企業が採算がとれるようになり、息の長いドル箱になるための決定的条件だ。
PayPalのEbay依存脱却
ペイパルが新たに成長を遂げ、イーベイへの依存度を下げるためには、新たな市場がすぐにでも必要だった。イーベイが突然コンセントを抜けば、ペイパルの成功は砂上の楼閣のごとく崩れ去ってしまう。 その解決策が「ラスベガス戦略」だった。ティールはオンラインゲームとオンラインカジノの巨大市場に目をつけた。この分野には当時すでに数十億ドルの市場があった。そこで主な事業者に声をかけ、決済手段としてのペイパルの魅力を売り込んだのである。 結果はすぐに出た。売上は増加し、イーベイへの依存度は下がった。だが、ペイパルは依然としてイーベイから完全に独立することはできなかっ た。
役員報酬に対する考え方
「他人資本の新企業のCEOは、 15 万ドルを上回る年間報酬を受けとるべきではありません」 役員報酬についてのティールの持論である。年収が 30 万ドルを超えると「CEOは創業者というよりも政治家」のようにふるまい出し、現状維持に固執するようになり、それは革新的スタートアップの死を意味するというのだ。
経営者に向いていないという自覚
ティールの場合は、ペイパルがXドットコムと合併してから、CEOを降りるという重大な決断を下した。退任にあたり、彼は全社員に宛ててこんなメールを綴っている。 「この 17 か月間、文字どおり昼も夜も働きつづけた結果、正直に言って僕は燃えつきてしまいました。アーリーステージから出発し、ビジネスでの世界征服を実現するまでのこの間、僕らはひたすら走り抜けてきました。僕は経営者というよりはむしろ思考家です。だからこそ、Xドットコムをきちんと指揮できる経営チームに移行することが、この会社にはとても大事なのです」 起業家としての彼はむしろ 困難 に挑むときに力を発揮するタイプで、だからこそ赤字のペイパルを黒字転換させ、安定した成長力のあるビジネスモデルを確立し、できて間もないスタートアップをナスダック上場へと導くことができたのだ。
Teilのチームビルディング、マネジメント手法
「僕がペイパルの経営者としてやった最良の仕事は、社員全員にそれぞれ一つの仕事の責任を任せたことです。この仕事だけによって僕がその人物を評価することを、誰もが知っていました」 ティールは、自らの単純だが効率的な人材管理術をこう説明している。これによって、社員が同じ仕事を競うときに起こりがちな社内トラブルを回避できたのだ。スタートアップは特にそうした問題におちいりやすい。初期の段階では役割分担がつねに変化するからだ。そうした混乱が起きると、会社全体が麻痺し、市場や顧客ではなく、社員のケアに追われてしまう。スタートアップにとってこうした停滞は致命的だ。
ティールの考えでは、スタートアップの核は、同じ嗜好と関心を持つ人間で構成されなければならない。ティールは、初期ペイパル・チームの連携がよかった理由は、全員がコンピュータおたくでSFおたくだったからだとしている。
夜にポーカーに興じるペイパル・チームの有名な写真がある。オンオフの区別もないほど密で家族のような共同体が生まれていたのだ。ラボアは、初期のペイパルは「とても親密な」集団だったとふりかえっている。こうした環境と創業者たちのキャラクターが混じり合ったときに、ペイパルの場合のようなブレイクスルーが可能になるのだ。
採用にあたっては「 20 番目の社員が、他ではなくきみの会社に入りたいと思う動機は何か?」という問いが重要なのである。ティールは二とおりの説明をしている。 第一に、スタートアップは「なぜ他の誰もしないことをするのか」について、的確なビジョンを説明できなければならない。 第二に、優秀な応募者ほど「自分はほんとうにこの会社の人たちと一緒に働きたいか?」と考えるだろう。言い換えれば、卓越した人間は、他の卓越した人間を引き込む効果がある。
- SOの活用
「株式は現金のように自由に使えず、特定の会社に結びついていて、その会社が破綻してしまえばただの紙切れです。だがまさにこの制約のために、この報酬形態には大きなメリットがあります。現金より自社株を選ぶ社員は、長期的に見て自社の価値が上がるほうにコミットしているからです」 さまざまな難点があるにせよ、ティールにとって株式は「全員をボートに乗せる」ための最善のオプションなのだ。
- 創業の瞬間を伸ばす
ティールの考えでは、イノベーションと創業者精神は切っても切れない関係にある。 「すぐれた企業は、創業のきっかけとなったイノベーションに対してオープンな姿勢を貫いています。新しいものをつくりだしているかぎり創業はつづき、それが止まると創業も終わります。おそらく創業の瞬間というものは無限に引き延ばせるはずです」
パランティアの創業
「壊れているものを探せ」――スタートアップの出発点は、いつでもこれだ。 9・11 によって、米国のような超大国も、限りなく小さな集団によって傷つきうることがはっきりした。「自由の国」は大きな転機を迎えた。この国の人々はようやく、自由と安全はつねに両立するわけではないと気づいたのだ。米国はテロとの戦いに突入した。
ペイパルを売却して約5500万ドルを手にしていたティールは、ふたたび臨戦態勢に切り替わっていた。 こうして彼は2004年に新会社パランティア・テクノロジーズを創業したのである。
- ピーター・ティールをもってしても、最初は全く投資を集められなかった
なんといっても技術的にも前例のない試みだし、特にパランティアのようなまったくの新規参入業者にとっては、同社のソフトウェアの顧客候補である政府の情報機関は、きわめて見通しにくい相手である。 そんなわけで、いつもなら果敢にリスクをとるシリコンバレーの投資家たちも、積極的ではなかった。ティールとカープは何度も投資を断られた。 当時からティールの名は広く知られてはいたが、それでも有名ベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタルやクライナー・パーキンスは、パランティアに興味を示さなかった。ペイパル、アップル、ワッツアップ(WhatsApp)、グーグルに出資しているセコイアのチェアマン、マイケル・モリッツは、ティールたちのプレゼン中ずっとひまそうに手元の紙にいたずら書きをしていた。クライナー・パーキンスの幹部は、なぜパランティアに脈がないかを1時間半も説教した。
パランティアの組織と文化
- ビジネスもできるエンジニアが大半のフラットな組織
パランティアのもう一つの大きな特徴は、その組織構造だ。 カープとティールは、パランティアの企業規模が拡大しているにもかかわらず、フラットな組織構造を維持している。これまでに雇い入れられたのはソフトウェア・エンジニアと開発者のみで、なんと営業チームはない。それどころかマーケティング部門やPR部門もない。新技術の開発に特化した企業なのだ。 これらの部門を排した理由を、ティールは次のように説明している。 「高額な製品を売る場合、営業部門がないほうがうまくいきます。僕たちの成約額は100万ドルから1億ドルのオーダーです。このくらいの取引額になると、売り込みのさい、顧客は、僕たちの営業部長ではなくトップと直接話したがるものです」
パランティアの屋台骨はこれらの部門ではなく、エンジニア文化と創業文化だ。 通常の企業では、ソフトウェア開発者は社内にこもり、顧客と直接会うことなどまずない。だがパランティアはちがう。いったん契約がまとまれば、ソフトウェア開発者自身が顧客と直にやりとりを重ねながら、顧客のニーズに合わせた製品開発を進めているのだ。開発者こそ、製品の長所と短所を包みかくさず話し、目の前の課題をどう解決すべきかを知っているがゆえに、顧客と強い信頼関係を築くことができるとカープは考えている。 「担当者はどう見てもアスペルガー症候群的だけど、いつでもあてになり、全幅の信頼を寄せたくなる――ウチはそんな会社です」 「パランティアの開発者チームはまちがいなく超一流です。あれほど徹底して課題にフォーカスし、データと『会話』できる人たちがいるのかと心底驚きました」 インキューテルの責任者だったハーシュ・パテルは、そう言って舌を巻く。
ペイパルやパランティアのような先進企業の核となるのはイノベーション文化だ。パランティアの基本姿勢はウェブサイトで次のように説明されている。 ・私たちは、人びとが世界をよりよいものに変える製品を供給する ・私たちはまだ、思い描いているもののほんの一部しか開発していない ・無限の想像力を持つ小さなチーム
パランティアで重視されているのは、小さなチームに大きな責任を任せることだ。ティールにとって、これは階層構造の弊害であるお役所仕事的なやり方に邪魔されず、創造的なソリューションを生むカギである。
パランティアの強みは、エンジニア文化に忠実でありつづけながら、国家機関にも民間企業にも適用できる分析ソフトウェアを開発したことにある。チームは小さなユニットで作業し、それぞれのユニットがスタートアップ的な性格を持っている。このユニット構造を活かして、顧客の要望を短い間隔の開発サイクルで段階的にすばやく実現し、すぐに顧客のもとでテストを行う。この直のフィードバックが他のBtoBソフトウェア企業とは比べものにならない効果を発揮している。それができるのは、パランティアでは開発者自身が顧客と直接コミュニケ―ションをとりあっているからだ。 また、ソフトウェアチームは自律的に動くことができる。だから顧客の要望に全面的に集中できる。営業部門や事業開発部門はそもそも存在しないので、こうした部門が割り込んで足をひっぱることはない。
エンジニアたちは、プログラムの新バージョンを開発するたびに、漫画付きのTシャツをわざわざつくっているというのも別に不思議ではない。パランティアには、いくぶん子どもじみたスタートアップ精神が残っている。他の企業なら、こういうときには営業担当者がシャンパンの栓を抜くだろう。
- 最初の20人が文化を作った
たいていの企業では、創業期からの一握りの社員が、会社を成功に導くカギとなり、その会社のDNAとなる。初期のパランティアでは、社のビジョンに完全忠実な 20 人が中心メンバーになった。スタートアップで新しいスタッフを雇い入れるときには、才能と企業文化のバランスが大切だ。エンジニアの場合、コードを書かせれば、当人にどの程度の才能があるかはすぐわかる。企業文化の話になると少しやっかいだ。パランティアの採用ルールは、「こいつと一緒に働きたいか?」というあまりにもシンプルなものだから だ。
- 金よりも困難で偉大な挑戦
「パランティアではカネ持ちにはなれませんが、こぢんまりとしたコミュニティでプリンスのように生きられますよ」 カープはそう語っている。中核にあるのは「人生を懸けるに値する重要な仕事」だ。パランティアは、困難な挑戦も魅力の一つで、社員のやる気をかき立てるものだと考える。 同時に、開発者たちは社内文化にも適応し、同僚と折り合わなければならない。ちやほやされたがるプリマドンナのようなタイプは困りものだ。
レフチンは、できて間もない若いチームにおいては、多様性が重要だという考えはまったくまちがっているとまで言っている。 「メンバーが雑多であればあるほど、グループ共通の土台を見つけることは困難なんです」 毎分どころか毎秒が勝負で、カネと時間がなくて当然のスタートアップでは、全員が無条件に運命をともにせざるを得ない。だから成功をめざすスタートアップの多くは、長たらしい討論や不一致をはじめから避けようとする。
CEOで、しかも全社でたった一人の営業担当者のカープの目標は、各業界で世界最大・最重要の企業と個別にパートナー契約を結ぶことだ。
成功するスタートアップの条件
- 事業
僕が気づいた強力なパターンが一つだけあって、それは、成功者は思いがけない場所に価値を見出し、方程式でなく第一原理からビジネスを考えるということです」 ティールは、すばらしい企業はつねにその背景に「秘密」があると考える。ページランクのアルゴリズムを公開していないグーグルや、レシピを極秘としているコカコーラは、その第一原理に秘密が隠されている大企業のいい事例だ。
ティールによれば成功するスタートアップのカギは、「唯一無二であること」「秘密」そして「デジタル市場で独占的ポジションを確保していること」である。
- 創業チーム
創業者どうしが長年の知り合いで、どんなビジネスモデルにするかとことん意見を出し合い、それぞれの得意分野で補完し合える能力があるのが好ましい。
フェイク起業家になるな。 人生で何をしたいかと問われて、「起業家になりたい」と答えているようではだめだ。「カネ持ちになりたい」とか「有名になりたい」と答えるのと同じで、そんなビジョンでは起業は失敗する。投資家としてのティールは、これまでどの企業も政府もとりくまず、解決しようと思わなかった重要課題にとりくんでいる企業と経営者を探すようにしている。
0から1へ向かう道ではまず次の三つの質問に答えることが重要だ。 1 何に価値があるのか? 2 自分には何ができるか? 3 他の誰もしないことは何だろう?
すぐれたテクノロジー企業は、ティールによれば、3段階のプロセスで成立する――まず新しい市場を創造、あるいは発見する。次に、この市場を独占する。最後に、独占を強化する。
失敗を過大評価しない
シリコンバレーでは人は失敗によって賢くなると言われている。だがティールによれば失敗は人間をひどく損なう。特に、膨大なエネルギーを注いで新しいことにとりくんだのに、うまくいかなかった場合は。失敗からは新しいスタートアップを興す教訓を引き出すことはできない。彼は失敗の原因として「人選がまずかった」「アイディアが悪かった」「タイミングを誤った」「独占の可能性がなかった」「製品が狙ったように機能しなかった」の五つをあげている。
グローバル化は単なるコピペ
多くの人にとって進歩は「グローバル化」と「テクノロジー」を意味する。だがティールはこの二つを区別している。グローバル化は彼にとっては「水平方向の進歩」で、単に「コピー・アンド・ペースト」関数でしかない。中国のような国は米国やヨーロッパをよく見て、既存のテクノロジーをコピーしてとりいれる。しかしこれは、高度に発展した世界では、テクノロジー面で何ももたらしはしない。他方で――。 「垂直方向の進歩は『テクノロジー』という用語でくくることができます。ITの急速な発展のおかげで、シリコンバレーは世界のテクノロジー首都になりました。ですが進歩をコンピュータだけに限定する理由はありませ ん」 テクノロジーのほんとうの進歩は、0から1への飛躍である。非常に困難なチャレンジだから、ふつうの人間は、単に既存テクノロジーを改善して1をnにすることに甘んじがちだ。 0から1への飛躍を成し遂げた創業者や発明者は、自分は「ノーマル」なのか「クレージー」なのかと思いめぐらすにちがいない。ペイパルとフェイスブックはうまくいったが、次に成功する企業は、決済サービスでもSNSでもないかもしれない。テクノロジーの真の進歩は誰も気づいていない領域で起こる。だからそこには、ビジネススクールで教えているような設計図も方法論もないの だ。
投資哲学
- PEGレシオ
そこで成長率を企業評価に反映するために、「PEGレシオ」を用いる。これはPERを利益成長率で割って求める数値で、この指標によって株式を成長値で評価することができる。ティールは、PEGレシオは成長企業を評価するすぐれた指標であると考えている。経験豊かな投資家はこの簡単な公式を使って、その成長企業が有利か高すぎるかを見分けることができる。PEGレシオが1倍以下だと、その企業は実際の価値よりも過小評価されていることになり、1倍を超えると過大評価されている。ティールはPEGレシオが1以下の企業に注目するよう勧めている。
- 成長率 > 割引率
ティールによれば成長企業にとっては、成長率が割引率より高いことが重要だ。こうしてはじめて、成長企業では高い評価を正当化するさらなる価値が創造される。時間の経過とともに成長率は低下するが、そうでなければ企業価値が限りなく上昇することもある。アマゾンはそうした企業で、千数百億ドルの売上があるにもかかわらずいまだに平均を上回る割合で成長している。それにともなって株価も高い。ティールはアマゾンを高く評価しており、キャッシュフローを画期的な新事業に投資し、それによってふたたび新たな成長源を開拓している優秀なテクノロジー企業だと語っている。 多くのテクノロジー企業は当初は損失を出すものだ。また最初の数年は成長率が割引率よりも高いので、本質的な企業価値はかなり何年もたってから生じる。一般的には企業価値の3分の2は 10 年から 15 年後にようやく生じる。超長期的な投資アプローチを是とするティールは、多くの人はスタートアップをあまりに短期的に考えすぎていると指摘している。
Facebookでのリターン
ザッカーバーグは、インターネット起業家としてペイパルを成功に導いたティールに注目していた。ティールは 50 万ドルを出資し、株式の 10・2パーセントを取得し た。 2012年5月の株式公開時に、ティールは1680万株を1株あたり 38 ドルで売り、それによって6億3800万ドルを得た。2012年8月、既存株主の売却禁止期間が終わってから彼はその他の持株を3億9580万ドルで売却した。彼は全部で 10 億3380万ドルを手にして、2017年4月の時点でいまだに500万株を保有している。これは現行市場価格の143ドル(2017年4月 20 日現在) で7億1500万ドルの市場価値に当たる。全体としてティールはこれまでに当初の 50 万ドルの投資から 17 億ドルを得たことになる。
スノウ・クラッシュの影響
ティールにとって、2004年のザッカーバーグとの最初の出会いはデジャブのような体験だった。というのもその 12 年前の1992年に、友人のリード・ホフマンがSF作家ニール・スティーブンスンの新刊『スノウ・クラッシュ』(ハヤカワ文庫) について熱心に話していたからだ。米国が極小国家のような企業にとって代わられ、コンピュータウィルスがプログラマーを殺すという近未来の物語である。『スノウ・クラッシュ』はすでに、当時は一部の研究者の間で話題になっていたにすぎなかったSNSやグーグル・アースのようなイノベーションを先どりしていた。 ホフマンはこのテーマが頭から離れず、ついに1999年にソーシャル・ネットというSNSを立ち上げる。だがティールによると、これは「数年ほど時代の先を行きすぎて」いた。 21 世紀への転換期には、世界はまだSNSを受け入れる準備ができておらず、このスタートアップはほどなく 頓挫 する。だがホフマンはこの失敗からさらにインスピレーションを得て、ペイパルを去ってからリンクトインを創業し、億万長者になった。 グーグル共同創業者のセルゲイ・ブリンも、『スノウ・クラッシュ』に感化された一人で、同作がグーグル・アースのヒントになったと認めている。ブリンによればこのSFは「時代より 10 年先を行っていた」という。
120歳まで生きる前提
ティールは、自分が120歳まで生きられるだろうと語っている。そのために彼は砂糖を控え、厳格なダイエットを実行している。にもかかわらず、がんやアルツハイマー病といった病ばかりか、死そのものに打ち勝つために、さらに画期的なテクノロジーのブレイクスルーが必要だというのが彼の考えだ。社会を「次のレベル」に引き上げるために、バイオテクノロジー企業に多額の投資も行っている。