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79/ 成功者の告白

神田昌典氏が書いた企業の創業から5年間に起こる問題を追体験できる小説

神田昌典氏が書いた企業の創業から5年間に起こる問題を追体験できる小説

どのようにビジネスを作っていくか

事業づくりはタイミングが全て

「タイミングだよ。ビジネスで成功するためには、第一にタイミング、第二にタイミング、第三にタイミングだ。つまり、いつ市場に参入するかが鍵なんだ。参入タイミングさえ間違えなければ、順調に会社は立ち上がる。一度立ち上がってしまえば、あとはエスカレーターに乗せられたように、自動的に売り上げがあがっていく。 どんなに自己啓発書を読んでも、どんなにセールスの技術を高めても、どんなに長時間仕事をしても、参入するタイミングがあっていなければ、炭の道を歩んだ挙げ句、借金が残る。逆に参入するタイミングがあっていれば、経営者の能力が低くてもビジネスは急速に立ち上がる。 インターネットのショッピングモールや、携帯電話の販売会社で株式公開した会社があるよね。今やその分野では、どんなに天才経営者であっても公開するのは困難だ。しかし参入タイミングが正しかった会社は、短期間に公開できた。成長する会社と、海汰される会社の違いは、結局、参入したタイミングなんだよ」

儲かる仕組みと情熱を両立する

  • 儲かるからという理由だけで仕事をすると不幸になるので、儲かるものの中で自分が情熱を傾けられる事業を選ぶ

儲かる仕組みと誇りを持てる仕事は両立できる。その両輪を回す必要がある。

成長カーブのどのタイミングか

  • 成長期の前半を見極めて参入するのが一番良い

成長期の商品は自分から売りに行かなくても、お客自ら買いに来る

  • ただし、現代の日本はほとんどの産業が成熟期から衰退期に入ってしまっている
  • 成熟期は実は次世代のはじまりであるため、「既存市場のニッチを狙って新しい波を作る」
    • 粗利が高い既存市場ならばなお良い

「ということは、成長期が見えなければ、既存市場を眺めつつ、成熟している、もしくは停滞しているタイミングを見て、新しい波を起こすようにすればいいんですね」

「そのとおり。統計的に成功する確率が極めて高いのが、既存市場の隙間を狙って起業することだ。」

ビジネスモデルの評価

「いったいどういう理由でいこのビジネスが面白いと判断しているのですか?」

「僕がビジネスモデルを判断するときには、大きなチェックポイントが三つある。第一のポイントは、このビジネスまたは商品が成長カーブのどこに位置づけられているのか。第二のポイントは、ライバル会社との比較で優位性があるかどうか。第三のポイントは、ビジネスを継続するためにじゅうぶんな粗利が確保できるモデルか。最低限これらをクリアしていないと、どんなに工夫してもビジネスとして成立しないんだ」

  • 成熟期の事業の中でのニッチに特化することで、販促費を抑えつつ導入期のメリットを享受できる
  • 粗利率は最低5~6割は欲しい

「このマルチリンガルのホームページについては、どのようなチェックをされたのですか?」

「第一の成長カープについては、よく考えたよね。ホームページ作成は成熟期だが、外国語のホームページに特化すれば、それは導入期と考えることができる。 本来、導入期は商品の開発費用がかかったり、顧客に商品を認知させるために多額の広告費がかかったりするため、利益が薄くなる。 ただ、このビジネスにおいては、インターネットによる販促をおこなったり、マスコミに働きかけて報道させることができれば費用を抑えられる。だから、第一の関門はクリアできる。 第二のポイントの市場優位性については、大きなライバル他社は今のところいないので、これもクリア。 このポイントについての懸念は、タクのビジネスが大きくなったとき、市場への参入バリアが低いために、次々とライバルが現れてくる可能性だ。しかし、これは今から心配しても仕方ない。現実的な防御策としては、他社が参入してくる前にこの分野でNo1になってしまうことだな。 もっともやっかいなのが第三のポイント、じゅうぶんな粗利が確保できるかどうかだ。ほとんどの起業家がここで罠にはまる。粗利は、ビジネスにとってはガソリンのようなものだ。ガソリンがじゅうぶんになければ、ビジネスは走りつづけることができない。 新規事業を手掛ける多くの人は、大企業の粗利構造を見て参入してしまう。大企業は資本力があるから、粗利が三~四割あればビジネスを成立させてしまうんだね。ところが起業家の場合、信用がないので銀行からの借り入れには限度がある。 そこで粗利から得られる現金で、ビジネスを運営しないとならない。すると一般的な目安として、住宅のような高額品を売るのでなければ、最低五~六割は粗利がほしい。 このビジネスについては、システマチックに展開しているところは少ないから、高めの価格を設定できるだろう。比較的高い粗利が確保できると思う」

まずは粗利が高いビジネスを見つける。そして軌道に乗ってから、粗利が低い商品も加えていくのはよいことだが、粗和が低い商材を軸にビジネスをスタートさせると、まず立ち上がらない

社長の時間を確保できるか

この粗利を稼ぐために、タクの時間が過度にとられないことが大切だ。 起業家のいちばんの罠は、成功することによって忙しくなりすきることなんだ。仕事がうまくいくたびに、足に鎖で大きな錘をつながれるようなものだ。だから、気づいたときには走れなくなり、身動きが取れなくなる。

成功すると、目の前の日常仕事に時間をとられることになり、営業に社長の時間が使えなくなってしまう。 経営の安定性は数だからね。顧客の数が増えれば、経営は安定する。だから当初のうちは、顧客の数を獲得するために社長の時間が確保されていなければならない。 このピジネスでは、タクの時間は確保できるのかな?

初期の顧客をどう集めるか

まず最初の100人の顧客を獲得する

  • 最初の100人を集めれば軌道に乗る

「独立して軌道に乗るまでのいちばんつらい時期、いちばん自分が揺れる時期というのは、顧客を100人獲得するまでなんだな。 その後は、正直なところ、忙しくてしかたがなくなるよ。まずは一〇〇人獲得した方法を繰り返すことに忙しくなる。そして100人獲得した顧客をフォローして、リピート購買をしてもらうことに忙しくなる。 つらいのはプールに入る瞬間までだ。一度水に入ってしまえば、泳ぐのは楽しい」

  • 顧客の"数"こそ事業の安定性につながる

「優良な大口の顧客を数社持つというのは、どうなんでしょうか?」 「どんなに大口の顧客がいても、顧客数が少ないうちはいつも不安だ。 顧客数が少なければ、下請け仕事と変わらないんだよ。 自分が主導権を握れずに、つねに相手によって振り回される。 つまり、上司の意向によって振り回されるサラリーマンと変わらない。」

どうやって見込み顧客を集めるか

  • まずは無料で最高のサービスを提供して、お客様の声を集める

「100人のお客をつくるためにいちばん大事なことは、ひとり目の客をつくることだ。」

「それじゃ、ひとり目の顧客をつくるためにはどうすればいいんですか?」

「それはね、お客様の声を集めることだ」

「最初の客ですよ、お客様の声なんかあるわけないじゃないですか!」 タクは冗談をいっているのだと思った。しかし神崎の顔を眺めると、あくまでも真剣 だ。

「からかっているように思われるかもしれないけど、それだけお客様の声が重要だということなんだよ。ビジネスにおいてキャッシュが血液だとすれば、お客様の声というのは呼吸のようなものだ。 お客の声を吸いあげれば、お客を呼べる。お客がひとりもいなければ、商品を無料であげてでもお客をつくる。はじめから利益を出そうとする必要はない」

「そうか。無料で商品を使ってもらえばいいわけですね。それなら営業は簡単ですね。経験がなくてもできますね」

「そうだね。その顧客が喜んでくれたとする。そのお客様の声を見せながら見込み客に商品を薦めるのは、どのぐらい難しい?」

「それも、営業経験がない私でもできそうですね」

「そうなんだ。お客様の声というのは、ビジネスの根本だ。だからシンプルながら、もっとも効果的な広告になるんだよ。どんなにうまく宣伝しても、自分の商品を自分で素晴らしいですというのと、顧客がこの商品は素晴らしいです、というのとではまったく違う。一〇〇回自分で宣伝するよりは、ひとりの顧客の声を聞かせたほうが効果的だ。立ち上げ時に商品パンフレットをお金をかけて印刷するのであれば、お客様からいただいた感の手紙をコピーしたほうが強力なんだよ」

どうやって見込み顧客をCVするか

  • リピートとスピードを意識する

「というか、絶望する話じゃないということだ。すでに二パーセント成約しているんだから、成功の芽が出はじめている。よく頑張ったよね。ホームページにしても資料にしても、よく勉強してつくりこんでいる。ただ致命的な久陥が二つある」

「どこですか、致命的な欠陥とは?」タクは身を乗り出して、神崎の次の言葉を待った。

「ひとつはリピート。もうひとつはスピードだ」「どういう意味ですか?」

「まずはリピートだけどね、タクが車を買うときのことを考えてごらん。いったい、どんなふうに買う?」

「雑誌を買って、購入したい車種を決めて、こんどはパンフレットをもらいにいくかなあ」

「パンフレットをもらってから買うまでに、どのぐらいの時間がかかる?」 「それと同じだよ。商品にもよるけど、衝動買いができない価格帯の商品の場合には、少なくとも四五日から六〇日は悩む。人によっては、半年ぐらいはずっとその商品を買うか買うまいか考える」

「なるほど、資料請求してから購買決定するまでの時間が長いにもかかわらず、僕の場合には一ヵ月かそこらで結果を判断しようとしていたわけか」

「そうだよ。みんなその時点でパニックを起こす。泣きそうな声で電話してくるんだ。ほとんど買ってくれませんってね。それで、今日のタクのような反応になる」タクは自分の行動だけではなく、心の状態まで見透かされてしまっているのかと苦笑した。 神崎は話を続けた。

「多くの起業家はそこでダメだと諦めてしまう。現状判断ができないというのは、目隠しされて走っているマラソン選手のようなものだ。自分が先頭を走っていることが見えずに、これでは勝てるはずがないと思ってコースから降りてしまうわけだよ」

「ということは、僕はけっこういい線、いっているのですね」

「まあ、見ているといい。現在、契約率がニパーセントだろ。これを私の予想は10~11パーセント、うまくいけば15~20パーセントに伸ばすことができる」 タクは五倍から一〇倍に売り上げが伸びるということが肩じられなかった。

「いったい、どうすればいいんですか?」

「まずは四五日から六〇日、できれば半年間は、資料請求した顧客をフォローする。具体的には、成功事例レポートを送りつづける。 あなたと同時期に資料請求された方は、もうすでにこんなに成功していますというように、成功事例を送りつづけるわけだ。すると反応率は、六ヵ月後に締めてみると七~八パーセント程度になっていると思う」

「それは面白い方法ですね。成功事例は集まってきているのでこれはすぐに実行できます。ところで、もうひとつの方法、スピードとは何なのでしょうか?」

ネット環境では相手が見積依頼をしたとき、数時間以内に見積もりが返ってこないと契約率は激減する。お客は具体的な情報をスピーディに提供されないと契約できないんだ。 インターネット・ショッピングの例を考えてごらん。注文する前に、発送条件とか、規約書を読めとか書いてくるだろう。それから値段の条件も、こまかな配送規定から返品規定まで、全部承諾したうえで注文ボタンを押すんじゃない?」

「そうですね」

「そこで提供する情報がじゅうぶんでないと、契約率が下がる。なぜだかわかる?」

「自分のこととして考えれば、もっといいところ、もっと安いところがあるかもしれないと他社を探しますね。要するに、ライバル会社に流れやすくなるわけか」

「そのとおりだよ。ところが情報がすべて提示されていれば、今度はお客は他社を調べる手間が面倒になる。利便性をお客は選ぶことになるんだ」

「とすれば自動メールか何かで、速攻で見積書を送ると同時に、支払い方法まで記載したメールを送ればいいんですか?」

「もしくは料金体系、制作プロセスをわかりやすくホームページ上に明示することだね。これで反応率は一〇~一ーパーセント程度になるだろう」

成長期の入口で家庭問題が起こるメカニズム

夫婦仲と子供に問題が起こる

  • 夫の仕事の調子が良いほど、妻の調子が悪くなる → 夫婦仲が悪くなると、子供が不調になる

「いい?今タクは、この成長カーブのどこにいると思う?」「会社の事業ということでよければ、たぶん成長期の入り口だと思います」 「すると、どうなるか。テレビドラマの世界だったら、夫が成功すれば、妻も喜ぶ。そして豊かになって、広い家に住み、好きなものが買えて、好きなときに海外旅行に行って、家族が幸せになる」タクは、頷きながら聞いた。 「ところが、現実は違う。タクの調子がよければよいほど、家庭では奥さんの調子が悪くなる。タクが前向きに頑張れば頑張るほど、奥さんは後ろ向きになる。奥さんは、なぜ自分がこんなに物事を後ろ向きに考えるんだろう、と自分が自分で嫌になる。しかし、この心理状態は無意識に起こるから、本人にはどうしようもない。ポジティブになりたいと本人は思っているんだよ。でもネガティブになってしまう」タクの家に盗聴器を仕掛けたのかと思えるほど、神崎の指摘は当たっていた。 「そのとおりですよ。うちで起こっていること、そのままです。僕の仕事がうまくいかず苦しんでいるときは、かえって協力的だったのですが、最近は仕事の話をしても、まったく乗ってきません。ほとんど無視されていますよ。」「すると、タクはどのように感じる?」 「家族のためにやっていることが評価されていないと感じます。自分の存在が認められていない」 タクは神崎に家庭の状況を説明するうちに、夫婦関係がうまくいっているどころか、危機に瀕していると言うべきだったとはじめて気づいた。 「人間が集まると感情の場をつくる。それは家庭でも職場でも同じ。ポジティブになるグループがあると、その動きとバランスを取るようにネガティブなグループができる。 まるでエレベーターが上がるとき、錘が下がってバランスを取るようなものだ。タクの腕の筋肉だってそうだ。腕を曲げるときに、上の筋肉が縮めば下の筋肉が伸びる。タクがプラス思考で前向きになりすぎると、そのスピードの出しすぎを抑えるかのように、マイナス思考になる人間が出てくる」タクは混乱した。 「それじゃ神崎さん、プラス思考になれ、という成功法則は間違いなんですか?」 「いや、もちろんプラス思考、前向きな思考がなければ行動は起こせないよね。だからプラス思考になるのは、結果を出すうえで必要だ。僕がいっているのは、行きすぎたプラス思考は、マイナス思考をそのコミュニティに生むということだ」「僕は、プラス思考はつねに正しいことだと思っていましたよ。そして、マイナス思考をする妻はなんてレベルが低いのか、社会的に役に立たないのか、と判断してました」「そうだろう。タクも奥さんの存在を認めてあげることができない。奥さんも、タクが仕事を頑張って稼げば稼ぐほど、タクを認めることができないんだ。夫が成功すると、その成功に妻は嫉妬する。あるいは絶望する。 これは女が未熟だからじゃないよ。当然、男だって同じ立場になれば嫉妬するか絶望する。たとえば夫は失業中で、妻のほうが事業で成功してしまった。夫は妻の成功を手放しに喜べるかな。しかも、自分が妻の下着を洗っているところを想像してごらん」「そりゃ、難しいですね。思わず下着をチェックしちゃいますよね。浮気していないかどうか」 タクは冗談っぽく、笑いながらいった。それは、タクがこの問題をまだまだ自分のこととして捉えられないことを物語っていた。 神崎はかまわず続けた。 「そして、このように夫婦関係が機能不全に陥ると、子供の出番になる」 「なんで子供が関係するんですか?」 「子供にとっては、家庭がすべてだ。家庭が居心地悪く、安全な環境じゃなかったら、自分が育つことができない。そこで夫婦仲を取り持とうとする。」

「それじゃ、いったいどうすれば、この罠に陥らないですむのですか?」「そこがジレンマなんだよ。そもそも立ち上げ時期はビジネスに全精力を取られる。経営者にとって創業期の会社は赤ん坊のようなものだ。その赤ん坊を放り出して楽に儲けようというのは、現実には無理な話。二四時間、真剣に関わらなければならない。 だからこそ、妻がそういう状況をわかったうえで耐えてくれるか。夫が妻のサポートを心から感謝し、ねぎらうことができるか。そしてビジネスをできるだけ早く軌道に乗せ、軌道に乗ったら仕事中毒になる前に、家庭とのバランスを取ることが必要となる」タクは、神崎が数カ月前に電話でいったアドバイスを思い出した。 「神崎さん、だからそろそろ休暇を取れっていったんですか?」神崎は、そんなこといったっけな、という顔をしている。

成長期の前半で起こる性問題が追い打ちをかける

「成長期の前半に恋愛が起こりやすい理由はね、英雄、色を好むっていうだろう。そこにヒントがある。性的なエネルギーと創造のエネルギーの根源は一緒だ。考えてみれば、愛があるから、子供が生まれる。つまり愛があるから、創造されるというのと同じだ。創造性を発揮しているときには、同時に性的エネルギーも高まるわけだ。だからタクも何かを生み出そうとしているときには、性欲が高まるんじゃないか?」

「そうですね。時間に追われながらオフィスにこもってプレゼン資料や文章を書いているときなど、妙に興奮してますね」

「英雄というのは、その二つのエネルギーをうまく使いこなしているわけだ。ところが、この原理が夫婦関係においては、竜裂の原因になる。創造性を発揮するとき、つまり会社が成長に向かって動きはじめるときに、夫の性的エネルギーが高まる。ところが妻の側は、そのときに気持ちはネガティブに振れる。夫の成功に嫉妬するか打ちのめされる感情のメカニズムが働いてしまう。そこでセックスを求めたときに、妻から何回か拒絶されたりして、夫は家庭では性的にも認められていないと落胆を味わうわけだ」

「僕もそういうことがありました」

「そうすると男は怒りを持つんだな。怒りを持つと、妻に復讐するための性欲が高まる。するとね、他の女性が魅力的に感じるんだ」

事業が好調のときに組織崩壊の種が芽生えるメカニズム

「売り上げを毎年二倍に増やす急成長会社も、堅実に安定成長する会社も、いずれにせよ創業四年もすると八割方はマネジメント上の問題に直面する。 タクの会社も、このマネジメント上の問題にはまっている。この時期にいちばん重要なのは、営業の数字をあげることじゃない。機能するマネジメント・チームをつくることなんだ

マネジメント・チームといわれても、タクはピンとこなかった。そもそも小さな企業からスタートしたし、官僚的な組織をつくることには何の価値も見出していなかった。 フラットな組織で、社長と社員が直接つながっているからこそ迅速な経営ができるのだ、とタクは考えていたのだ。そこでタクは尋ねた。

「マネジメント上の問題というと、どんな問題なんですか?」 「社員が病しがち、遅刻しがち。社員が居つかない、配送上の問題、売掛金の未回収、品質の低下。社員のモラルのダウン。社員が社長の悪口を言い出す。社員の謀反・脱藩………」それは今、マスターリンクで起こっていることのリストだった。 「うちで起こっていること、そのままですね。でもなぜ、こんなことが起こるのでしょう?」

「この時期は第二創業期といってもいい。会社が生まれ変わるときだ」そういって神崎はペンを持ち、成長カーブを紙に書いた。何度も書くということは、経営するにあたって本当に重要なエッセンスが、このカーブには詰まっているのだろう。 「タクが今経験しているのは、家業から企業へと生まれ変わることなんだ。会社が小さいときは、タクひとりで経営できる。タクの部下はいても、同僚はいなかったはずだ。好きなことを二四時間三六五日やっていればよかった。社内で起こっていることには、全部目を通すことができた。多少、問題が起こったとしても、クライアントはタクが一生懸命やってくれていることを知っているので、寛容だ。とくに導入期のクライアントは、起業家を育ててくれる。新しいもの好きなので、多少品質が悪くて価格が高くても契約してくれるからだ。だから、このときに重要なのは、とにかく好きなことを仕事にしながら利益があがる仕組みをつくることだ。それだけでいい。この仕組みが回ってくると、好きなことをやって儲かるわけだから、二四時間三六五日働いていても苦にならない。顧客からも喜ばれる。忙しくしながらも、充実している。社内にはとくにルールがあるわけでもなく、ミーティングもほとんどない。組織図すらもない。あったとしても、社長の下に社員全員が配列されているようなもんで、組織とはいえない。この時期は営業だけをやっていれば、それで会社が回る」

タクは自分の過去三年間を振り返ってみて、たしかに神崎のいうとおりだと思った。 「それが家業の段階なんですね」 「そうだ。家業とは一家族を中心にして運営している会社のことだ。社員数も一〇名そこそこ。日本のほとんどの会社は、こんな規模だよ。それに対して、企業とは経営システムがきちんと整い、経営がチームで運営されている状況だよ」タクは話を進めた。 「家業から企業に変わるとすると、そこからは何が違うのでしょう」 「まったく違うルールになる。今までは好きなことを一生懸命やっていればよかった。ところが規模が大きくなって、社員数が増えてくるだろう。家業の段階では社長の目が行き届いたし、問題が起こっても社長が出て行けば解決された。ところが人数が多くなってくると、社長が当たり前だと思っていたことが現場に浸透せず、まったく見当はずれなことがおこなわれるようになる」 「うちの会社でも、そういうことがあります。これまでは納期を守るのが当たり前だったのに、守れなくなる。荷物を配送するときも、納品物のチェックが甘くなる。営業でも、相手の条件を全部聞き出してから見積もりをつくるのが当たり前だったのに、売らんがためにとにかく見積もりを出してしまう。なんでこんな単純なことができないのか、と怒りたくなることばかりです」 「それが初期の警告シグナルだ。それを放っておくと、日常的にストレスが起こるようになり、社員が病気がち、矢勤がちになる。社長はその警告シグナルに気づかず、さらに業績拡大のためにアクセルを踏む。すると今度は、もっとひどい状況になる。社員の謀反・横領、突然の資金繰りのショート、経営者の事故・病気などなど。この段階になって急に問題を解決しようとしても、スピードがついてしまっているから、社長といえどもなかなか会社をコントロールできない」

タクは、神崎の書いた成長カーブを見ているうちに、はっと気づいた。

「マスターリンクはカーブの曲がり角に差しかかっているのに、スピードをあげて壁にぶつかろうとしていたわけだ」

「そのとおりだ。この成長カーブを曲がりきれるか、というのは、会社にとって非常に大きな試練なんだよ。さっき第二創業期といったけれども、会社にとってはそれほど重要な時期なんだ。今までのオーナー主導型から、組織として経営する体制に持っていかなければならない。だから家業から企業へという言葉を使ったんだが、それは幼虫から蝶になるまでのさなぎの期間といってもいいんだよ」

これから蝶になれるのかと考えると、目の前がパッと開けたようにタクは感じた「ということは、私の経営能力が低かったわけじゃないんですね」

「そうだ。タクはよくやっている。こうした障害なしに、スムーズに進める経営者のほうが例外だからね。さきほども言ったとおり、八割の起業家は同じパターンの罠に嵌る。あくまでも自分独自のケースだと言じながらね。日本の会社の九〇パーセント以上が、年商一〇億円以下の零細・小企業だ。なぜかといえば、この第二創業期の壁が非常に厚い。年商八億円ぐらいの会社が、来年は一〇億を目指すぞと頑張ったとたん、さまざまな問題が起こって、年商六億に後戻りする。山に登ったと思ったら、こんどは谷を下る。 ほとんどの経営者が、このパターンを老いて 、それがパターンであることを知らないからなんですね」 「そう。パターンを知らなければ、パターンから抜け出せない。だって同じ問題を繰り返しているという自覚すらないからね。タクには、このパターンの抜け出し方を教えるから、二度三度経験する必要はない。一度味わっておけばじゅうぶんさ」タクは、神崎という指導者と出会えて本当によかったと思った。 「このさなぎの時期には、何をしておけば蝶になれるんですか?」 「だから経営のシステム化だよ」

心理学を応用したソフト面でのシステム化で解決する

  • クレームへの対応をシステム化する
  • マネジメントを整えるにはルールよりも先に無条件の愛を与え合うことから始める

「子育てするのに、いきなり厳しくするかといえば、そうではない。まずは母親の無条件の愛を五〜六歳ぐらいまでに与える。その後に、父親から社会的生活をするうえでの厳しさを教えるんだ。子供が母親からのたくさんの愛を感じて、自分は安全である、言頼されているという環境をつくらないと、しつけをどんなに厳しくしてもダメなんだよ。第一に母親的な愛情。その次に父親的なしつけをおこなうことが大事。 この順番は普遍的で、サルは当たり前のようにやっている。ところが子育ての経験のない人間の男が会社でチームをつくろうとすると、逆をやってしまう。会社が混乱すると、まずルールや決まり事で社員を統制しようとするわけだ」「なるほど。だからどの会社も軍隊式マネジメントになっていくのか。ところが、それが定着しないから、いつまでたっても組織ができない」から。 「そう、土台がつくられていないからね。母親の愛という土台の上に父親の規律を持ってこないと、チームづくりのためのしっかりとした基礎ができない」「概念としてはわかりましたが、具体的には何からやればいいんですか?」神崎は子供のような顔になって、嬉しそうに話を進めた。 「私自身、タクと同じように組織の問題で悩んだことがある。そのときは、即効性があって実践的なマネジメント法を、それこそ世界中、徹底的に探しまわったんだ。

  • 具体的な施策
    • グッド&ニュー
    • 承認の輪
    • クレドとラインナップ

フェーズによって求められる主役は異なる

  • 導入期は起業家がアイデアを出し、軌道に乗せる → 実務部分が回らなくなり、実務家が必要に → 実務家の力を借りて成長期に入り、事業を伸ばしていく
  • 成長期に入ると身の丈以上に事業が伸びるので実務家の処理に限界がくる → この問題を解決するために管理者を雇い、実務家と管理者で事業をシステマチックに伸ばす体制を作り始める
  • このフェーズは売上を伸ばすよりも、組織を整えることが重要になるにも関わらず、起業家は次々と新しいアイデアをやろうとするので社内を混乱に陥れる
  • 実務家と管理者に不満がたまり、起業家と対立する
  • クーデターを起こして起業家を追い出してしまうと、今度は成熟期の後半に新しいことができなくなって企業として弱体化する
  • 実務家がクーデターを起こさない場合でも、起業家が組織を混乱させることにより、管理者によるシステム化が進まず、事業が大きくならない

偶然に注意する

「成功したいならね、偶然に注意して>。偶然を偶然と思わないで。」

Last updated on Feb 28, 2024 00:00 JST
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