ピーター・ティールが大きく影響を受けたという哲学者ルネ・ジラールの「模倣の欲望」理論についての本
人間の欲望はどこから生まれるのか、そしてその欲望をどう活かすのかについて大きな示唆を得られた。
導入
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人間の欲望は自発的に生まれるものでも無作為に生まれるものでもなく、誰かのマネをして生まれるものである。
- もちろん生命維持に必要な欲求に真似は関係ないが、 生理的欲求と安全的欲求が満たされた後の欲望は真似から生まれる。
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真似の対象、つまり欲望に値するものを示してくれる人やモノのことをモデルと呼ぶ。
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模倣の欲望が起こす2つのサイクル
- 良いサイクル
- 共通の利益を目指して共創する
- 悪いサイクル
- 競争する欲望がぶつかり合い、人間関係を壊し、不安と混乱をもたらす
- 良いサイクル
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模倣の欲望の悪いサイクルが起こす悲劇
- 崇高な目標が模倣に乗っ取られる
- モデルの模倣欲望に支配されると元の目標を忘れてしまう、それどころか他人を征服することに取り憑かれ、他者を基準に自分を判定するようになる
- 似ている人同士で争いが起こる
- 人は似れば似るほど相手を脅威に感じ、差別化するために戦うようになる
- 崇高な目標が模倣に乗っ取られる
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この本を読む目的
- 「自分が何を真似ているか」「どのように真似ているか」を理解し、意識することで、何も知らずに模倣の欲望に消費されるよりも良い選択ができるようになること
- 模倣の性質を理解し、ビジネスやチームビルディングに活かすこと
[前半] 模倣の欲望について知る
模倣の欲望はどのように生まれ、進化するか
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私達は自発的に欲望を発したと思い込んでいるが、必ずモデルを通して「欲しい」と思っている
- 欲望にはモデルが欠かせない。モデルとはその人が欲しているというだけの理由でそのものに価値を与える人である。
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人間は「真似る能力を持って生まれてくる」
- 新生児に向かって舌を出すと同じように舌を出す という研究がある
- 真似るのは人間の本能
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人間の欲望の理由は「後付け」である
- サイモン・シネックはWHYから始めよと言っているが、欲しい物がなんであれ、その理由は後付けにすぎないので、理由ではなく欲望から始める方が良い
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模倣には2方向ある
- モデルの欲するものをそのまま欲する
- モデルの欲するものとは真逆のことをする
モデルとの関係によって模倣の欲望は変化する
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モデルには 外の世界のモデル と 内の世界のモデル の2種類が存在する
- 外の世界のモデル = セレブの国の住人
- 自分とは違う時間、空間、社会的地位にいる人たち
- 自分が面と向かって競争することはない人たち
- 成功者、架空の人物、歴史上の人物
- 外の世界のモデルとは対立する恐れがないため、自由に公然と彼らを真似る
- 内の世界のモデル = 一年生の国の住人
- 自分と同格、同じ世界にいる人達
- 同僚、友人、SNSで交流のある人
- 内の世界のモデルは誰かを意識する方法は成功するところを見たくない人が内の世界のモデルである
- 内の世界のモデルのことはひそかに真似る、または反対のことをして差別化する
- 外の世界のモデル = セレブの国の住人
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競争意識は近さに比例するため、モデルと真似る人との間の競争は内の世界でのみ発生する
- 具体的にはモデルのことはひそかに真似る、または反対のことをして差別化することで相手よりも優位に立つことに躍起になる
- この競争を「模倣の競争」と呼ぶ
- 摸倣の競争は始めはポジティブな競争として働くが、終わりがなく、最終的には必ずお互いの破滅に繋がる (摸倣の危機)
- 摸倣の危機は必ず避けるべき
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人は「欲望との関係が自分と違う」人に惹かれる
他人が欲しがっているものは気にしないように見える人、あるいは同じものを欲しがらない人は、別世界の人間のように感じるものだ。模倣に影響されず、反模倣的にさえ見える。だから魅力的なのである。ほとんどの人はそうではないから。
猫を神格化するのは人の注目や称賛には興味がないふりをする人間と同じだ。自分に満足している様子は人を引きつける。
摸倣の欲望が私達に与える影響
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内の世界のモデルしかいない世界では摸倣の競争が激化し、破滅を迎える
- ザッポスの事例
- 役職ヒエラルキーを完全になくし、フラットな組織で運営するホラクラシーを導入した「誰も明確な役割を持っていない」組織は全員が摸倣の競争に陥り、最後には崩壊した
- ザッポスの事例
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外の世界のモデルとは競争し、内の世界のモデルとは一定以上は競争しない のが良い
- フェラーリを真似て成功したランボルギーニの事例
- ランボルギーニはフェラーリの車を真似て、摸倣の競争を行うことで良いクルマを作り、成功した
- だが、成功した後はランボルギーニはレースなどフェラーリとの競争になるようなことを頑なに拒み、摸倣の競争の激化(摸倣の危機)を避けた
- フェラーリを真似て成功したランボルギーニの事例
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とはいえ内の世界のモデルを完全に遮断することは難しいので、自分の価値基準を明確に"優先順位をつけて"持っておく
- 優先順位がないと同列のものを比較する時に必ず摸倣の欲望にかられて意思決定してしまう
人類は模倣の競争によるカオスにどう対処してきたか
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歴史上、模倣の競争・衝突によってカオスに陥った集団はスケープゴートを生贄にすることで安心し、カオスを解決することが何度もあった
- 人々の支持を集め集団のリーダーとなるには、スケープゴートを生贄にして模倣の衝突を解決することが効果的であった
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このスケープゴート・メカニズムは要するに「全ては〇〇せい」と思考停止することであるので、科学の発展を妨げてきた
犠牲の儀式は科学的な発展を妨げてきた。「科学の発展があったから魔女の火あぶりをやめたのではない。魔女の火あぶりをやめたから科学が発展したのだ」。ジラールは二〇一一年のCBC(カナダ放送協会)のインタビューでデヴィッド・ケイリーに述べている。「昔は日照りは魔女のせいだった。私たちは魔女のせいにするのをやめた途端、日照りの科学的な説明を求めるようになった
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歴史的にはイエスの復活が初めて人々がスケープゴートによるカオスの解決に疑問を持った瞬間だった
- 歴史上初めてスケープゴートとなった犠牲者の視点で物語が語られた
- これによって犠牲者が可哀想ということからスケープゴートが逆に影響力を持つ「逆スケープゴート・メカニズム」が生まれた
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スケープゴートメカニズムが機能しなくなった後、欲望の問題を解決した発明は市場経済
市場経済は摸倣的な欲望を生産活動に送り込む。 良いクルマや家のために競争している限り、暴力による解決は起こらない。
[後半] 模倣の欲望を上手く活かす方法
「共感」と「濃い欲望」
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「共感」ができれば摸倣を避けつつ他者と関われる
- 他者の経験に入り込んで"その人の欲望を共有することなく"その人の考えや感情を共有できる
- 共感力のある人は自分が欲しくないものを欲しがる人のことを理解できる
- 共感できれば他の人のようにならなくても他の人と深く繋がれる。つまり摸倣のサイクルから抜けられる。
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濃い欲望と薄い欲望
- 薄い欲望は、他者の影響によって突然生まれた欲望、つまり摸倣の欲望である。
- 濃い欲望は自身が長期で継続して持つ欲望
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濃い欲望を特定する方法
- 「自分の人生で最も"充足感"を感じたことは何か」を時間を賭けて他者と話すし、自分の根源的なモチベーションを考える
- motivationcode.comでの診断
- 自分が興味がひかれるものとひかれないもの、その理由考えることで自分の「核となる動機づけの原動力」を特定することが出来る。
- 「自分の人生で最も"充足感"を感じたことは何か」を時間を賭けて他者と話すし、自分の根源的なモチベーションを考える
リーダーシップ
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リーダーがすべきことは「人々が以前とは違うものを望むにはどうしたらいいかを考える」ことだけである。
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ビジネスとは人々が望む製品やサービスの「需要に応える」ことではない。新しい欲望を生み出し、形成することである。
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優れたリーダーは「欲望のモデルをシステムの外に設定する」
- システムとは今現在の時間と空間である。イマココの(流行の)欲望に縛られず、それを超越した人々の想像を超える欲望をモデル化する。
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優れたリーダーに必要なスキル
- 欲望のモデルを自分ではない遠くに設定する
- 自分の欲望を全面的に主張せず、重力の中心を自分から離して超越した目標に向け、自分は皆と肩を並べて立つようにする。
良いリーダーは障害にも競争相手にもならない。率いる人たちに共感を示し、互いの関係を超越する良い目標に向かって道を示す。
- 真実のスピードを上げる
- 都合の悪いことを含めた真実が組織の中に伝わるスピードは、その組織の適応能力とイコールである。
- 合理性だけでは判断できないものを識別する
- 全てを合理的に考えても進むべき道が明確にならない時にどの欲望を追求し、どの欲望を捨てるかを決める力
- 識別する力を伸ばす方法・判断基準
- どれがその場限りの満足をもたらし、どれが持続する満足をもたらすか
- どの欲望が寛大で愛があるか
- 死ぬ間際に心穏やかでいられるのはどの欲望に忠実に生きた人生か
- その欲望がどこから生まれたのか(摸倣から生まれた薄い欲望ではないか)
- 深くて長い沈黙に投資して濃い欲望を見直す
- しゃべらない、画面を見ない、音楽を聞かない、生活音のない空間で読書のみはOKというサイレント・リトリートの時間を年に連続3日間は取る
沈黙とは、心の安らぎを学ぶ空間であり、自分が何者で何を欲しているか、真実を学ぶ空間である。
- 人の濃い欲望にのみ反応し、短期のフィードバックに執着しない
- 優れたリーダーは、自分と他の人の濃い欲望に反応し、ニュースなどの短期的なフィードバックに執着しない。
リーンスタートアップは世論調査に従っているだけの起業スタイルだとも言える。 起業家は欲望を新しい場所に連れて行くのである。ビッグデータは起業家精神が死に絶える場所だ。
- 欲望のモデルを自分ではない遠くに設定する
これまで作られてきた欲望とこれから欲望とどう向き合うか
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シンギュラリティが到来したとしたら、「その時私達は何を欲するか」を考える必要がある。
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インターネットはイノベーションを"遅らせた"
- インターネットが世界中の人間を一年生の国へといざない、摸倣による薄い欲望を持つようになった。
- 悪貨が良貨を駆逐するように、薄い欲望が濃い欲望を追放したのである。
インターネットは、世界をつなげることによって巨大な経済的価値を創造したが、模倣の競争を加速させ、人々の注目をイノベーションからほかへとそらした。
少数のインターネット企業の桁外れの成功は、ほかの分野で大きな躍進がないことを覆い隠している。
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誰もが多かれ少なかれ他の誰かを真似している。この摸倣の競争によって私達の文化は行き詰まっているのに、摸倣について話そうとする人はいない。自分が誰かの摸倣をしている、摸倣が原動力になっているといいたい人はいないからである。
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イデオロギーを捨てることが成熟である。
ジラールはかつてイデオロギーを「すべてが善か悪である思考」と定義した。
二つの相容れない欲望、対立する思考を、慎重に識別する時間をとらずに即座にどちらかを拒絶したりすることなく、同時に保持できるかどうか。それが成熟のしるしである。
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摸倣の欲望に終わりはない
モデルを見て欲しいと思ったものを手に入れた時、私達はまた別のモデルを探しに行く。摸倣の欲望は逆説的なゲームだ。勝つことは負けることである。
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濃い欲望を見つけるのも、モデルを手にするということ
- あるモデルを追いかける → 内なる変容をもたらす → もっと優れた新しいモデルを選択する ということを繰り返すのが良い。
- 濃いモデルにfocusすると、キラキラ光る周りの摸倣的なものを掴みそこねる可能性に悩まされることになるが、それには耐える。
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他人の欲望に協力する
- 気持ち良く他人の欲望に協力できる状態こそ、欲望のポジティブなサイクルの中にいるという証なので、人の欲望の達成を喜んだり気にかけることができるようになったときこそ、自分の欲望を満たす確かな道にいることになる。
それがどんなに退屈な会話であったとしても、出会う人全員に「もっと欲しがる」「欲望を減らす」「別のものを欲する」のうちのどれかの影響を与えることを意識する
事例
模倣理論をビジネスに活かしたピーター・ティール
社内に対立が起きたときには、同じ目標をめぐって互いに競争しなくていいように、従業員の一人一人に明確で独立したタスクを与えた。これは役割が流動的なスタートアップ企業では重要なことだ。ほかの従業員の成果との比較ではなく、明確な成果目標と比較して評価される企業では、模倣の競争を抑えることができる。
ティールはマスクを取りこんでペイパルをつくった。二人(もしくは二社)が相手を模倣のモデルとしているときには対立が生じ、その対立を乗りこえる方法を見つけないかぎり、最終的には破滅につながるということをジラールから学んでいたのである
どんな人間にもモデルがいる スティーブ・ジョブズも模倣によって作られた
コトケは言う。「私が出会ったころのスティーブは、恥ずかしがり屋でおとなしく、引っ込み思案な男でした。売り込みの技術や、自分の殻を破り、積極的に行動して状況をコントロールする方法などは、ロバートが教えたのだと思います」
同級生の部屋に足を踏みいれたとき、フリードランドは彼にとってのモデルになったのである。のちにフリードランドの本質を見抜くようになるものの、若き日のジョブズがこのとき体験した衝撃は、その後の彼に影響を与えつづけた。フリードランドは、おかしな行動や衝撃を与える行動は人を魅了すると教えた。人は異なるルールで動いているように見える人にひかれるものだ。
「欲望をつくりだす」起業家精神を持つイーロン・マスク
マスクは市場データを調べるのを嫌う。自分が買いたいと思うものをつくり、ほかの人もそれを買いたいと思うほうに賭ける(マスクは自分が模倣のモデルであり、自分が欲しがることで人々の欲望を左右できると知っているからでもある)。
所感
- 「人間=自分は必ず摸倣によって欲望を持つ」ことを意識する謙虚さを持つべきというのは非常に大きな学びだった。何かを「欲しい」と思うたびに「その欲望はどこから来たのか」を考える習慣を作ろうと思う。
- 欲望を獲得し、叶えていく方法としては以下のように理解した。
- 外の世界のモデルを意識することで摸倣の欲望をポジティブに活かしつつ、内の世界のモデルとの健全な摸倣の競争で自己成長をする。摸倣の競争が激化したら内なるモデルのことは意識しないようにするなどして摸倣の危機を避けるべき
- 外の世界のモデルを意識して、ポジティブな摸倣の欲望を獲得する
- 同じ欲望を持つ内なるモデルができてくるため、彼らと健全な摸倣の競争をしながら自己成長する。さらに内の世界でもお互いにモデルにならずに同じ利益を追求する関係の人と共創する
- 摸倣の競争が激化して摸倣の危機に陥りそうになったら以下の3つの方法のいづれかで対策する
- 競争相手と距離を取る、意識に上らないようにする
- 競争から降りて別の道を探す
- 競争相手を仲間にしてしまう
- そうして1で獲得した欲望を叶えたら、またさらに別の外の世界のモデルを意識する → 1に戻る
- 摸倣の欲望は無限に自らの中に"生まれる"ため、それぞれの欲望が「摸倣の薄い欲望」なのか「自分のコアである濃い欲望」なのかを見極める必要があり、その判断基準として以下を持っておく
- その欲望がどこから来たのかを考え、短期で生まれた欲望なら「薄い欲望」、長期で持っている欲望なら「濃い欲望」と判断する
- 自分の「コアモチベーション」を知っておき、かつその価値観に優先順位をつけておく。それらにマッチする欲望は「濃い欲望」と判断する
- 自分の価値基準に明確な優先順位がないと同列のものを比較する時に必ず摸倣の欲望にかられて意思決定してしまう
- 外の世界のモデルを意識することで摸倣の欲望をポジティブに活かしつつ、内の世界のモデルとの健全な摸倣の競争で自己成長をする。摸倣の競争が激化したら内なるモデルのことは意識しないようにするなどして摸倣の危機を避けるべき
- 自分は「人と違うことがしたい(Be unique)」というコアモチベーションがあるため、何か欲望を感じた時に「これは誰かの真似ではないか?」だけではなく「これは誰かの逆真似ではないか?」とも考えるようにすることが非常に重要だと思った。逆真似は単なる真似ではない分オリジナリティを感じるため、摸倣の欲望ではないと錯覚してしまう危険性が高い。
- 上記を実践した結果として「気持ち良く他人の欲望に協力できる状態こそ、欲望のポジティブなサイクルの中にいるという証」であるので、他人の欲望に協力できる状態を作るべきというのは、よくある「他人への施しが自分に返ってくるので他人に協力するべき」という言説とは別の新しい視点で、非常に納得感があった。